酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

チョコレート・ドーナッツ(そしてチョコレート麦酒)

普段、私はドーナッツに興味を持たない。

シュークリームやチョコレート、和菓子に洋菓子、菓子類すべてに尋常ならぬレヴェルでの深い愛情と激しい執着を持つ私が、である。(アラビアンスイーツやアジアンスイーツ、流行りのエスニック系もあまり射程には入らないのだが。まあこれは幼いころの刷り込みだからしかたあるまい。)

で、寧ろ敵意を感じる、といってもいいくらいである。

おそらくハラを痛くしたトラウマでもあるのだろう。

(高校の学食で食べたものでも例外なく私はハライタを起こした。学校の片隅の雑木林と朽ちかけた枯葉や緑陰、四季折々に木洩れ日の優しい光をたたえた池に囲まれていた。その木洩れ日の中の幻のようににひっそりと建っていたあの学食。

そこには旧制中学であった時代からのさまざまの青春の、時代の移ろいが、古い歴史や数々の涙や恋、友情の青春のドラマが刻まれて重ねられてきたのだろう。閑散とした時間帯、ふとそんなタイムトリップな気持ちにもとらわれるパワ-スポットでない、こともない。私にとっては思い出の中でそれはそういうところである。己の時間と他の重なる記憶の中の思春期の光の…
まあとにかく学食、空間としては斯くのごとしで非常に好きであったが、腹を壊すうどんとなると話は別である。その午後の授業の苦しみ。以来、購買のパンとアイス以外は決して食わんと私は固く決めていた。)(人気パン争奪戦は日々激烈であった。)(関係ないが友達のとこでのお泊り会でのスナック菓子でもワシは必ずハライタを起こした。)(もともと儂はハラヨワなのだ。)

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で、ドーナッツ。
これは、己が食する、という考えが視野に入らない物体であった。そうだ、ひとかけらもなかった。

イナゴやバッタや蟻や蜂の子、マムシサルミアッキベジマイトなんかは是非一度は食してみたいと願っている悪食チャレンジャー精神に富んだわたくしのはずなのだが。考えてみれば不思議なことだ。

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それなのに、それなのに。本日今日この日。そのある日。
人生には変わり目がある。人の信念なぞあてにはならない。

そう、非常に不思議なことに、本日やたらとドーナッツが目に入ってきたんである。
駅前に出店していたバレンタイン向けのチョコレート・ドーナッツ、ベン・ハー。このお洒落なドーナッツ屋のせいやもしれぬ。(そうだ、私の視線を奪ったのは、もちろんこってり、且つ美しくチョコレート・コーティングされたものに限っていた。)美麗なるそのセピア色、そして麗しいエメラルドのピスタチオチョコや可憐な薄紅のベリーチョコ…。

いや。
目に入ってきた、という表現は適切ではない。

魂が吸い寄せられたのだ。

胸の奥に秘められた心眼は自ずから開かれ、それらのドーナッツのイデア的なるものと我が魂とを合一させた。激しく激しく、激烈に私は彼らと見つめあった。視線で語り合った。まさに穴が開くほど見つめた、という表現が当てはまる。本当に、何故あれらのドーナッツに穴が開かなかったのか非常に不思議である。(最初から開いているからかもしれない。ドーナッツ的宇宙には穴が開いているものなのだ。)

だがおそらくあの時ウインドウに飾ってあったチョコレート・ドーナッツたちの魂は既に抜かれ、魂の抜けたあわれな俗世間形而下における軽佻浮薄な現世的ドーナッツの形骸となって売られていったに違いない。そのドーナッツの形而上精神の核としての存在は、その日私に奪われ、その後ずっと私の心をほのかに暖め続けてくれていたのだから。

とにかくドーナッツ・ショック。
このせいで、いつものミスター・ドーナツも王室御用達チョコレートブランド・ヴィタメールとのコラボチョコレートコテコテなやつで私の鋭い視線をさそってしまった。いや存在は前から知ってたんだけど、突如心の目を引いたのだ、今日に限って。

そうなのだ。
おそらく原因は主としてそのコーティングされたチョコレートなのだ。ドーナッツそのものというよりは。(でもなんだかココロがいままで除外していたドーナッツだったのがやっぱり不思議である。)

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…実をいうと私はかなりのカカオ中毒患者である。よなよな大量のココアを消費する。4㎏程をまとめ買いするが、たちまちなくなる。今日も最後の1kg袋を開けてしまったのでそろそろ用意しておかねば不安だな、と思っていたところである。どうかしている。

とにかくそういうことで、珈琲を仕入れに行った輸入食品屋でも当然のバレンタイン特集に吸い寄せられた。自然食屋でもチョコレート特設棚にふらつく。…各種産地各種ブランドカカオの100%味比べの妄想と誘惑。ギラデルとドモーリ(クリオロ種100%、及びブレンドの2種)、リンツ(99%)は試したことがあるが、たらふく並べてひとかけずつっていうのをやってみたいのだ。利き酒みたいに、利きカカオ。

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私の魂は己がショコラの祭典にふらふらと出かけ、あらゆるチョコレートを網羅し知り尽くし制覇する異次元の妄想の風景にさまよい出て行った。

ああそして、今はどのカフェでもコンビニでもファースト・フードでも、大衆の歓心を射抜く工夫を凝らした季節限定カカオなメニュー。

私は朝飲んだチョコレートヴァニラフレーバーコーヒーの香りにふわふわと包まれたまま、スターバックスの表示したコテコテなダブル生チョコレートとチョコレートフルケーキの悪魔のような組み合わせに眩暈を覚え、ふらりと今店内に入り込みそれを注文する幻想に囚われた。

ああ、ああ。百花繚乱惑乱のバレンタイン。

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賢治が童話や詩に書いた夢のような菓子チョコレートも、甘党漱石がさりげなく小説の中に織り込んだチョコレート菓子(チョコレートを塗ったカステラ菓子なんか出てくるよ。)も、子規が病床から執念の様に飲み続けた大量のココアも、足穂の描いた硬質な鉱物のような妖精由来チョコレットも。

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…で、まあ、こんな私が、目が合ってしまった期間限定販売、ベルギーチョコレートなどこぞの受賞麦酒を仕入れて許されない、ということがあろうか、いや、ない。

プレミアムショコラエール。
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…いや〜なかなか本格的にカカオ風味で、でもちゃんと麦酒で、大人になってはじめて感じる人生のかるやかさと限りないさびしさと胸の奥をあたためるほのかな灯りのようなぬくもりと愛しさ、しみじみとしみいる情趣をすべてつきまぜた果ての優しさのように香り高く芳醇にビター&スイート(ムーンライダーズ)。よござんした。

そしてコエドビールの2022バレンタイン限定スペシャル。

エドビール、基本ラインナップは実は苦手なんで迷ったんだけど、ビーントゥーバーのダンデライオン・チョコレートとのコラボ、満を持したコレはうまかった!
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チョコレート・デュンケル
カカオと麦酒、ベルギーエールよりドイツデュンケル。こっちのが華やかな柔らかさや香料ぽさでない本格的に骨太な味わいで好きやもしれぬ。