酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

納骨の日

両親二人分、無事納骨してきたよ。
冷たい風轟々だったけど、抜けるような青空素晴らしくて真っ白な富士山を見晴るかす、そんなお墓だった。
どうしてだろう。この日まで富士山のこと誰も気が付かなかったのだ。
暗い土の中に埋められてゆくあの白い壺の中身が、お骨が、私を育み共に過ごしてきた両親を成してきたものであること、その焼かれた後の骨であることを、それがその形になるまでのその一連の日々を考えようとする自分と考えまいとする自分の中の嵐とお坊さんの読経による考え、感情、一連の儀式と親戚とのやり取り。
この一つ一つの心の内外の風景の流れが、全体ひとつのものとして心の奥に刻まれる記憶に醸成されてゆく確実な予感を私はずっと感じて続けていたと思う。
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とにかくこの一日を無事終えて、本当にひとやまだ。
ほっとした。
そして私の心はアレを繰り返し呟いていた。
(ぼくはもう疲れたよパトラッシュ…)
(イヤ今回実務で実際起動してたのは姉だったんだけどね。納骨までの日々というだけで、その心身の苦行の道のりを生きるだけで。もうこれで私が生きなくてはならない責任がようやっとなくなって解放される。いつも母がお昼寝したりパソコンとにらめっこしていたりして安らぎの場所であったあの座敷に安置し、障子越しの明るい朝の光に清浄と安寧を保つその遺骨を確認しまもり、日々、お香を供え話しかけていた。寂しい、帰ってきて助けて、と甘え続けた。)
帰りに鰻と鯛のお店で春の膳。鰻重がすごく美味しそうだったんだけど(山椒の香りも素晴らしい。)とりあえず鯛茶漬け写真。
おばちゃんたちや姉一家と両親の思い出話のための席である。
二人の位牌もテーブルに並べて、みんなと一緒に鰻重や鯛茶漬け、小豆アイスのご馳走、いちいち一緒な気持ち。「ママがね、これ好きだったんだよね。」「ふたりでこんなこと言いながら食べてたよね。」「ね、おいしいよー、春だよー。」皆で語り合い思い出を分かち合い彼らの過去を現在化、魂を現前させ、他の人々の心に新たに両親の姿をよみがえらせながらながら一緒にいただく心持ち、季節のご馳走。
 *** ***
共通の人を思い出しながらの思い出話は亡くなったものと縁者を結び分かち合い新たにそのヒトとして生きた歴史を知り為人を学び広げながら、死者も生者もその場を共有した全員をそれぞれの形でその永遠へつながるものとして繋げてゆく。
最後の、生命の衰えた日々、直近の、その一筋の時間軸だけの寂しいかなしい痛ましいものだけではない、さまざまのステージをそれぞれふさわしく活動し思惟し生きてきた、人としての一生の豊かさが、その終わりに鮮やかにインテグレードされてすべてよみがえり、すべての時間をかけがえのないものとして一生は、その人生はうつくしい物語やイデアの形に豊かに醸成され完成されてゆく。
それを死という時間の無常と喪失のかなしみや痛みを乗り越えながら生きるこの世界の縁者である私たちがともに成しとげ分かち合うことなのだ。一連の儀式はそのための知恵ともいえる。
(だけど、だけどまだだめなんだ、まだ私は…)

春の前菜(菜の花好きだなあ。)(大変上品な味わいだったけど、個人的には辛子醤油が一番好きではあるのだな。ぶつぶつ)、お刺身や揚げ出し豆腐、筍と若芽(若竹はうまい!)と柔らかく仕立てられた鰻、長芋の羹、鰤の照り焼き季節のハーブと大根ステーキ仕立て。デザートは硬めの小豆アイス、ちょっと塩気の効いた煮小豆が絶妙と好評。

すべてがとってもうつくしく丁寧にしたてられ、それにふさわしい上品な味付けで可愛らしい春の季節感いっぱいで、皆に大好評。

穏やかな陽射しの中を流れる時間、不思議な非日常の一日。納骨儀式かくあるべしに終始した。

みんなみんなお疲れさま。お姉ちゃん特にお疲れさま。
よかった。(お店とメニューは姉チョイスなんである。さすが我が姉。)