酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

両親を失う

その冬、幾度か寝たきりの父の見舞いをした。

母の死以後、ふいっと人生を投げだしたように突然の認知症から身体の老化の同時進行、すべての彼の生命の力が急激に衰えて意識も失い、病院に入ったのだ。

ただ点滴で生き延びている。
ベッドの上でぼんやりと水面下をおぼろに浮き沈む意識による表情。

私はしきりに春樹の「1Q84」、さまざまな桎梏を抱えたまま、NHK集金人の父の最後を見舞う天吾の気持ちのことを考えていた。私と父との関係性について、家族についてさまざまを思い出していた。

 ***  ***

そして間もなく訪れた。
予想はしていたものの、あまりにも思いがけなく早かった父の死の日である。
母の死からわずか一か月だ。それまでは全く普通に話し食べ暮らす日常を営んでいたのに。人がその生命をつないでいたものは心によるものが本当に大きいのだとものすごい説得力で実感した。母の存在する日常、という条件がすべてのその輝きを支えていたのだ。

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「今日中でしょう。(=危篤です。)」

という昼過ぎの連絡に駆け付ける。

 ***  ***

その日の午後は、ただその長い午後を父の死を待ちながらその病室で黙って過ごした。ボコボコと酸素ボンベの音が響く中をただその瞬間を待ち続けた。
奇妙に長いようで短いような静かな午後だった。

苦しみはない。死因もない。
ただひたすらこんこんと眠り続けたために食べたり飲んだりをすることがなかった。理由はそれだけ。

純粋に老衰である。
身体がゆっくりと身体を維持する力を失っていった。安らかであった。

母のようにむりやり命をもぎ取られてゆく風景、あの悲痛な痛み、苦しみ、哀しみの傷ましい激烈さはなかったのだ。

 ***  ***

母の末期がんの苦しみは激烈なものであった。
末期癌病棟の、あちこちからひっきりなしにうめき声やブザーの響く陰気な病室。面会に行ったら泣くように縋り付くように車椅子から身を乗り出し、寂しい、寂しい、ここはいや。家族が一番だ、帰りたい、帰りたい。

早く帰って三人でそろって仲良く過ごそう、と最後まで言い続けていた。自分が死ぬなんてことはひとかけらも考えていなかった。ただひとりでベッドで泣きながら苦しみ続けていた。

母はあんな風に苦しんではいけなかった。
胸を引き裂かれるように一日に何度もあの表情を思い出す。

病は脳に転移していた。思えば、あの奇妙な転び方。身体はあのとき既に蝕まれていたのに私たちは気づかないフリとして、その壮絶な日々の闘病と介護の生活の戦場の中で、必死になって朝昼夜の日常の平常心を装い続けていた。続くと思っていた。

絶え間なく心身を疲弊させ続ける恐怖や介護による己の心身の限界に押しつぶされないように、一生懸命笑って笑ってもらって、喜んでくれるなら何でもやった。そうして無理やり「今まで通り」を続けようとした。ほころび始めるその日々の幻想、それでもその日々でも続いてほしかった、ただ母には精一杯に一緒にいてほしかった。生き続けていてほしかった。うちの子に限って、うちの母に限って、死ぬなんていうのは未来永劫絶対にあり得ないことだったのだ。日常は永遠に続くと信じていた。論理ではない。感情がそう信じていたのだ。

(ただね、最後の一週間を過ごしたホスピスは本当によかった。明るいあたたかな世界を演出するための心のための場所。母はそこでだけ許された薬の力で、苦しむことなくほんのりと眠り、ぼんやりと目を開けて話しかける私たちの言葉に笑って少し話したり、或いはただ緩やかに眠り続けていた。)

これに対して、父の最後は苦しみはまったくなかったのだ。
ただひたすら静かであった。

 *** ***

その不思議な半日は、よく晴れた冬の午後だった。
ひとりの人間が死ぬこと生きたこと日常のこと、生きているものとの関わり。私と父との、家族で重ねたたくさんの記憶の風景、そのリアルと捏造。社会的役割とアイデンティティとそこからはみ出ていたはずの個。その総合としての存在。

長い午後の病院の廊下の、死と生と日常が当然のように融合している特殊なアマルガム時空。その日の不思議な光の長さ。

病棟の廊下の端の窓から夕暮れの光。

夜になる。

「頑張って、頑張って。」と弱りゆく生命の脈動を示す機械のインジケーターに姉と二人でただ焦り、肩をゆさぶり耳元に話かけ続けた。

けれどだんだんそれもかなわなくなる。皆に見守られながら最後の眠りはすうとまっすぐなラインによって示された。ひとつの人生が終わっていった。

医師による確認と宣言。

「お疲れさまでした。」と私が言う。義兄が言う。父に言う。甥は黙り込み、姉や姪はただ涙ぐむ。

一通りの手続き、そして見送る。

姉一家と別れる。彼らは彼らの家族として今夜を支えあう。「夕飯どこで食べようか。」声が聞こえる。

ひとりの夜道を誰もいない家に戻る。
暗がりをバイクで走る。

そのときふいに襲い来る、私を圧迫するこの時空の重み。
湧き上がる感情。大切な、どうしようもない寂しさと同時に来る自由の気高さとばかばかしさ、のようなよくわからない感情のカタマリ。

私の味方はもういないのだ。家族はみんな死んだ。
生きることに残されたことは、後は、ただひとりのさびしい闘いなのだ。

幼い日、こんな自分なんか考えられもしなかった。
だからこれはきっと嘘なのだ。

その夜の記憶があまりない。
酒を飲んで眠った。

翌朝のことも覚えていない。
奇妙に覚えていない。

ただいろいろと思い出したり未来のなさを感じたりしていた。

生き残っている。
日々は続いている。

ただ私は朝の光の中でぽかんと座り続けている。
多分、永遠に、ずっと。