酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

ビーフシチュー

既に早12月、クリスマスも解禁の、キンと冷え込む星空はあくまでも清冽に美しく、夜をかけ宇宙をめぐる壮麗なるオライオン。

…それにしても寒がりにはいささか厳しい冷え込み厳しい冬である。

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とういことでこの季節、なによりのごちそうは、おなかとこころをほかほかあたためてくれる熱々のシチューやグラタン。(と言い切る私はハウスシチューのCMを刷り込まれている世代の人間である。ああ一生消えないあのテーマソング。

「今夜は~、今夜わ~あ~♪…(あったか~い♪)はうすし・ちゅ・う~♪」

…先日、母が大層おいしがっていたコメダの熱々ビーフシチューのそのふうふう熱々っぷりを眺めながら私はこのメロディがTVで流されていた時代及びビーフシチューについてあれこれ思い出した。

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ウチの両親は昔からビーフシチューが好きであった。
まあ基本的に母は何でもおいしいものなんでもジャンルを問わず好きなんだが、ということで要するに父の好物だったんである。

小学校に上がるか上がらないかのときまで住んでいた中野の私鉄沿線で、週末(土曜日)(土曜日は特別の日)(週休二日じゃない半ドンの時代だから、土曜の午後はなんだかこれから始まる輝きの予感に満たされていたのだ。その、日曜よりももっとずっと限りなく深く自由な午後、これはイデアだ。夏休みのはじまりの輝きのプチヴァージョンみたいなもんだな。)にはよく家族四人で近所のレストランに行っていた。

今でいう、いわゆるファミリーレストランのような雰囲気のところだったんではないかと思う。だが、家族四人でのその土曜夜のおでかけは当時の平凡な一般サラリーマン家庭庶民小学生女児momongにとってささやかというよりな小さな胸を大きな喜びを満たす、大層楽しみな行事であった。

で、そこで父が必ず毎回頼んでいたのが「ビーフシチュウ」だったんである。(父は基本的に大層な保守派である。一度味を占めると他のものに手を出す必要性を感じないらしい。)母は前述したとおりあれこれなんでもおいしいものはおいしい、な人なので、そのとき目についた気が向くままのさまざまのメニューを頼んでいたんだと思う。姉もいわゆるカレーとかスパゲティとか、私も多分旗が立ってオマケおもちゃのついたお子様ランチ的なものやハンバーグサンドとか(重要なのはハンバーグではなくハンバーグサンド、であるというところである。家ではハンバーグは常に味噌汁とごはんとセットであったから。なおハンバーグそれ自体については母お手製のお豆腐だのなんだのはいってて、しかもたらふく工夫されたお手製特製ソースで煮込んだ健康的且つ素晴らしくおいしいものが天下一品であった。(因みに母のグラタンも天下一品である。)私がレストランのものをそれよりおいしいと思ったことはいまだかつて一度もない。だがここのハンバーグサンドはこんがり厚切りトーストの焼き具合が絶妙でサクッふわっほわほわっという嬉しい熱々で出してくれる特別感が大層よろしかった。)

で、その父の好物「ビーフシチュウ」である。これがだな、(黒いつや消しのアンティークっぽい貫禄でヒジョーに素敵な)耐熱容器でオーブンから出したて、といった風情の洒落た雰囲気であった。更に、下の皿には小石が敷かれていて、それがどういう燃料だか、うつくしい青い炎を挙げてちろちろと燃えていたのだ。そこでぐつぐつと煮立ったまま供されているという趣向の一品である。何とも子供心に印象的な「父の(つまり大人にだけ許された特別の)食べ物」であった。

「ここのこれが一番うまいんだよ。」とそれを頼むたび、そしてブツを目の前にしたとき満足そうに呟いていた父の表情、あのレストランのゆるやかな柔らかな灯りの暖かさの具合、四人で囲んだテーブルや周りのざわめき、食事の支度や後片付けの必要もなくお洒落して華やいで楽し気な母。…その土曜の夜のまるごとの時空のあたたかさを思い出したのだ。

あのほのかでささやかな家族の幸福の時空間を思い出す、心の深奥にそのぬくもりが繋がる。

エナジイチャージ。
私はこういうことでほんのりと切なく幸せになることができる。

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コメダのシチューも、サーヴしてくれたにこにこかわいい女の子が、マニュアルとはいえ「熱々ですのでお気を付けくださいね。」と嘘ではない笑顔でにっこり囁いてくれたその科白通りのあっつあつ。

モツァレラがぐにゅ~っと糸をひいてのびるのびる。
ここのヤツは伝統重視の正統派何するものぞ、あくまでも信念の邪道路線、糸引くモツァレラにポテトに刻み海苔!いいの、おいしければ。

本格インドカリーもタイカレーも、世界が誇る日本独自「洋食」のあれこれ創作カレーもどれもオンリーワンに素晴らしいのだ。本場ベルギービールやドイツ修道院ビールに日本の缶麦酒クラフトビール、負けているとは全然思わないもんねワシ。換骨奪胎得意技。魂はいつだってオリジナル。

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