最近とみにぼんやりとしたくたびれ具合が心配になってきた父である。
TVの前でニュースや国会中継なんか眺めてはぶつぶつと文句を言っている。
酷い時代になっちゃったからな。
でもね、脳が加齢のせいで気力も萎えてきて記憶の前後関係とかあれこれぼんやりしてくるのって不可避だし、けれどそれは必ずしも全体の悪化なのではなく、あくまでもシナプス間の全体像を結びつける意志、気力によるアイデンティティ結合力の問題なのであって、各々のシーンでの思考力にはまったく衰えがあるわけではないんである。
話をしているとそれがよくわかる。
そして、その話の内容を若い頃の、就中夢多き学生時代の頃の話にもっていくと、その頃の、未来への希望や夢に充実した青春の日々の輝きの記憶が現在の心にそのままの輝きで蘇ってくるのではないかと、そんな感覚をもったのだ。表情が生き生きとしてくる。
私自身にも面白い。知らなかった、私のルーツであるパパは最初にみたときからパパであってただひたすら大人だったけど、まずは人間だったのだ。
当時の大学での寮生活のことなんか聞き始めると、こっちもものすごく興味深い。
学生時代、私自身、内部学生の手引きで駒場寮に潜入したことがある。聞きしに勝る惨状。人間よりも、積もった埃を愛する、人類の浅薄な知識が未だ未知の分野においている菌類に適した環境であるように思ったよ…わけのわからない年代物のアンティークモノもごろごろと転がっている。
こんなところで、インターネットはおろか、TVはもちろん、ラジオすらない。そんな環境で一部屋にインテリ君が五~六人つめこまれている。
毎夜することはくっちゃべること。議論すること。或いはもちろん女子には語れない初々しいのかお子ちゃまなのかわからない嬉し恥ずかし男子トークの何かがそこにあったのかもしれない。サンダル履きで新宿や渋谷の食堂にくりだしていったり、食堂で売れ残りのご飯を格安で食べさせてもらったり。
お茶の水にあったからとアテネフランセで勉強してやろうとしたりもしたんだと。これは母に聞いた。知らなかった。第二外国語はドイツ語だってことだったからね。
で、そのお仏蘭西ウンチクで田舎にいた母をデートに誘った際、バレエ音楽聴きながら「これはパドカトルといってね、」などとあれこれ口説いたらしい。母は何もかも知ってる風の父にぽおっとなったらしい。
わはは。
*** ***
まあそういうことで、そう、実家にいるということで、両親の話をたくさん聞いておきたかった。
で、まあそれとか関係ないかもしれないけど、今夜は鈴木慶一。(私の中では、関係あるのだ。)
大河ドラマ好きの母が行きたいというから付き合って記念館見てきたら、鈴木慶一の前世としか思えない渋沢栄一アンドロイドを見てしまったのでそれでやたらと聴きたくなったのかもしれない。とりあえず時折聴きたくなる、慶一さんワールド。昔のが好きだけど、今のも切なすぎて、…とりあえず、イイ。
若き日のただただ「現在(イマココ自分の一点からの視野)」のピュアな悲しみに透き通った「スカンピン」は濁り傷んだその果ての空っぽを悼む、人生全体を鳥瞰する枯葉てた虚無の哀愁の「スカンピンアゲイン」に。
「スカンピンだ 拾う星屑あるのならば まだいい
スカンピンだ 吹き溜まる場所あるのならば まだいい
スカンピンだ 集める悲しみあるならば まだいい
スカンピンだ 煙草一箱ほどの一生 だったかな」
そうだ、これも好きなんだなあ。軽快なメロディに乗せられた、この歌詞の痛み。
「あたしの故郷はあの流木なの、魂なんてない、あの流木なの♪…最初に暮らしたのは悲しみ 二度目は激しい暴力で 三度目は愛に包まれて 四度目は刑務所の中♪最後にいいたいのは幸せなんていくら探してもどこにもないってこと♪あたしは流木に繋がれたままだから♪」
ユーモラスな軽やかさに乗せなければやりきれない、このコントラストがより一層このずっしりとした感情的なものを際立たせる。
このリアリティは胸に迫る。
このかなしみ。運命のくびきの、あきらめの、かなしみ。自己否定。
そして、そこを乗り越えたところにある本当のルーツのことだ。
彼の歌のヴァリエーションのなかに、それはきちんと仕込まれている。その救済や開放のひとつのうつくしいイメージは、例えば慶一さんの「左岸」や「黒いシェパード」。
遡る。己のルーツを追い続けた果ての場所のイメージ。自我は崩壊する。雲になる。風になる。
「風に向かって僕は歩く。君を忘れながら…最強の敵は自分の中にいる、最高の神も自分の中に」
「夜の川のぼってく闇の谷のぼってく…一行の詩残せたら山は燃え沈んでも生きたことになるだろう…川のはじめの一滴を目指して一行を吐く、君に吐く歌…こいびとよ道連れよ、雲と風だけ身に着け詩と歌をのぼりつめ川の始まりを見るよ、雲と風をも脱ぎ捨て自分らの尾の生えた川に始まりに流る♪」
これは歌による、解放なのだ。