酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

「4ミリ同盟」高楼方子

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こないだの日曜日、五月の昼下がり、陽だまりの図書館で。

このときの私の心にしみ込んでこれを救ってくれたのは川上弘美の「このあたりの人たち」ではなくてこちらの方だった。高楼方子さん、期待を裏切らない。

川上弘美さんの相変わらずの不思議な味わいのこの短編集も好きなタイプで、これはこれで十分に素晴らしいんだけどね。これはこんな日曜日に一気に読むよりも、ウイークデイ、ルーティンの日々の中で、一日にひとつ、ふたつ、と精神をコンディショニングするために使う読み方が正しい、ような気がする。ほろじょっぱく苦味の利いた大人の味がするから。

高楼方子さんはそのまんま童話、児童文学。小さな人たちに世界のうつくしさを贈るために書かれたお話。
私はここで戻ることができる。ただひたすら贈られていたころに、その力の源泉に。

濁りを含まない、透き通るように美しくてほの甘い菓子の記憶のようなところ。澄んだ夢のままの、その優しい光の源泉に。
(あるいはそれはなべての濁りを原初の光の中に包み込んでしまう意志と祈りの場所。)

でもだからこそ、大人の心はピュアで優しい甘さをきちんと内側に封じ込め、宝物のようにそれを濁らせぬままに奉じ祀り、そこからすべての荒々しく苦く辛く濃く暗く鋭いものと遊び楽しみ戦う力を得ることができるのではないかと思う。絶対的に愛され無条件に愛されただ育まれていた、幼いころの注がれたその愛の記憶のように、精神のセイフティ・ネットを形成する。何人にも穢すことのできない場所。

 *** *** ***

きちんと身なりを整え真面目なサラリーマン生活を続けてきた48歳独身一人暮らしポイット氏、黒縁眼鏡に隆としたスーツが似合うしっかりもの、夫も子供もいる平凡な家庭の主婦、エビータさん、そして威厳と風格を備えた白髪の紳士、画家のバンボーロ氏、最後に子供向けの冒険物語の大好きなワガママおばあさん、コロコロ太ったコロリータさん。この4人が4ミリ同盟の仲間である。

この地方独特の、オトナになると、必要が生じるとその島に呼ばれて食べられるようになるという「フラココノ実」がキイ・ワード。この設定が素晴らしく楽しい。そして一旦大人になると、定期的にその実を食べなくてはいられなくなるのが日常となる。

大人になる、というイニシエーションなのだ。
「やさしく切ない、遠い夢のような味のする実」。
そしてまたその実を食べることは、自分の中の<何か>を消してしまうことになると言われていた。

で、まあこの4人というのは、大人でありながらフラココノ実を食べることができずに生きてきた稀有な人々であり、そのことを気にして隠して生きていた。それは普通ではないことだからだ。

4ミリ同盟、というタイトルは、このフラココノ実を食べていない4人が、実は常に4ミリだけ地上から浮いて生活していた、というところに由来する。(「地に足がついていない。」ワケだね。)そして、各々が自分は大人としてしっかり普通に生きていると思っていたが、それぞれが少しずつへんてこりんに子供であるという特徴をもっていたんである。その描写が楽しい。いい大人の紳士のはずのポイット氏が店ではきどって珈琲を飲むが本当は生クリームのたっぷりのった甘いココアが飲みたくて仕方がなかったとか、コロリータさんが子供の本に夢中になる様子とかね。そして、この4人が集うとき、子供心の楽しさがあふれ出す空間が描かれる。

「<何か>を得れば、<何か>を失う。要するに、人間は、いつだって<何か>が欠けているものなのです。」バンボーロ氏の描く不思議な抽象画は心にひゅうと響き、眺めているとポコポコと弾むような音楽が聞こえる。批評家たちはその独特の魅力を讃えながらも、必ず「何かが足りない。」と評する。


けれど彼らはやはりどうしようもなく強い大人への憧れ「フラココノ実」への憧れを捨てることはできない。失うことの恐れと憧れという両義。

この4人が、いよいよフラココの実を食べるときのシーンとは、失われるかけがえのない子供のときの思い出を味わうシーンである。優しく切ない、遠い夢。そのとき彼らはポコポコと響く楽しい優しい音楽を聴く。

「食べ終えると同時に、その光景とその思いは消え、あの調べもまた消えていった。」
これが失われる「何か」である。

…でね、結局彼らはそのどちらも、否定されないところに行き着くのだ。ネタバレだからナイショ。大人になること、共同体に参加すること、そこから逃れていること。

いつだって本当は、ひとはそのアンビヴァレンツを同時に生きていなくてはいけないのだ。できれば、こんな楽しい物語の形でそれを感じていたい。

…大人になること、その周りを巡る物語である。
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