酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

二百十日の台風

夜を吹き荒れたその嵐が去った翌朝、いきなり季節の色、光と影の色が変わっていた。

そして風の匂い。

…夕暮れもぐんぐん早くなる。
五感で季節を感じる。

気温は相変わらず高いけど、やはりこれは残暑。百日紅もひまわりも萎れ始め、濃い暴力的な生命の輝きに彩られていたむせ返るような緑もねっとりと熱帯の夢の濃い青だった空の色も、斜めに射し込む懐かしい黄金色、秋の光の色に柔らかく優しく染まり始めている。

九月の海はクラゲの海、ゆらゆらと夏の記憶を映す透明なクラゲの海だ。夏休みは終わり。

いつもの帰り道も、既にあの長い長い夏の夕暮れではない。みるみるうちに暮れてゆく。

けれど、だからこそなんて貴重な奇跡の一瞬なのだろう、と思う。ほんのひととき、強く淡く澄んだ光に満ちる夕暮れどき、リイリイと鳴く虫の音に包まれた淡いすみれ色とももいろの空の澄んだグラデーションの世界をゆくのはたとえようもない幸福感だ。過ぎてゆく時が惜しくて至福のあまり泣きたくなる。

もうこれ以上何にも要らない、十分にもう生きたから。幸せだったから。もう要らない。このままこのひとときの空の世界の中を永遠にさまようオバケになってしまいたい、と思いながらルーティンに身体はいつもの夜に向かってバイクを走らせる。もう孤独に生きる明日を生きる自信がない、と考えながら。

澄みきった強い淡いすみれいろの光の世界、ほんのり描かれた淡い儚い夢のようなハニー・ムーン、その淡い色の天使の髪の毛。

みるみる暮れてゆく。つるべ落とし。
切ないくらい惜しげなく、この極上の、奇跡のようなうつくしい世界はけれど美しい澄んだ夜空に変わってゆくのだ。
そして淡い天使の髪の毛は、きらきらと輝くうつくしい黄金色の細い鎌へと変わってゆく。

その奇跡のような光の中の神秘の光の鎌は何を刈り取るものなんだろう、と物語を考えたりしているとね、なんとなく根拠のない幸福のチャンネルが開かれるような気がするんだよ。