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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

おっかけ

柳原陽一郎のファンである。

もと「たま」のメンバー、イカ天出身の、一時一世を風靡した感のあるあのグループ。

知ったのも夢中になったのもブームが去ってから。私はいつでもなんでもワンテンポひとより遅いのだ。ぼんやりで血の巡りが悪いので仕方ない。気が付くとなんでも出遅れて取り残されている。

おかげでライブやコンサートチケット取りは楽だったんだけどね。

たまのライブはしやわせだったなあ…しみじみ。知久寿焼柳原陽一郎のコーラスがヒジョーに好きであった。あとの二人はあんまり印象にない。(ランニングのあの人は苦手。ヒステリックに奇を衒ってるだけな感じがして疲れるのだ。哀しみや詩情が感じられない。なんてんだろ、ゆがんだルサンチマン的なものの表出、といった印象。体制の裏返しではあってもその外側に出るものではない。己の個性への徹底が感じられないから共振できない。)

で、ヤナちゃんが私の「愛しのカレ」であった。
額に青筋立てて歌うあの色っぽさに陶酔した。

ライブ会場では毎回「カレは私を見て歌っていた。」とその陶酔空間の至福を主張し、(まあ視線を宙にさまよわせて歌ってたってことなんだな。)同行者の無言のなまあたたかい憐みの微笑を浴びていたものだ。ライブ前のトイレの前で彼に出会ったという友人の科白に何故そのとき私をよばないのだ、と激怒した。阿呆である。

…だけどねえ、こんなに愛しているのに、一度も街でであったことないんだよねえ。

 

イヤ知久さんとは不思議にもう何度も町でばったり出会ってるのヨ。

地元が杉並だったからなんだけど。
いつぞやは自宅マンションから出た途端にあの下駄姿に出会って、もう偶然も5~6回目だったから、これはご縁であろう、と思い切って声をかけた。

すごく気さくで、なんか嬉しかった。
(でもやっぱりどっちかっていうとヤナちゃんにお会いしたかった。)

最近でも、去年だけど、中央線でぼんやり座ってたら、隣にすごく似た人が座ったから「…あのう、もしかして知久さんでは。」

とついつい話しかけてしまったらやっぱりご本人で、なんか降りるまでいろいろ話し込んでしまったりして…ライブや虫の話とか。(彼は虫が好き。)いやまあ楽しかったけど。なんだろうねえ、こういうご縁。愛しのカレには一度も会えないのに。

今日ヤナちゃんファンクラブメールマガジンが来て、ツアーやるっていうお知らせ、岡山広島名古屋大阪東京…今ある人生すべて投げ出しておっかけ、とかやってみたいなあ、とふと心をぶっ飛ばしてみる。

有り金はたいて尽きるまでホテルを泊まり歩き、新幹線にのり、ただおっかける日々。カレばかり、昼間の普通の社会を失い、夜の世界、ライブ中心の祝祭空間内にひっそりと生息する。酔生夢死。未来やらなにやら何もかも投げ捨てて…なんだかなあ、退廃にウットリ。

可能性がないわけではない、ここから逃げることはいつでもできる、と思うだけで少し騙されることができる。解放を夢見ることができる。

息をつく。

とりあえず部屋で缶麦酒でアルバム聴いて、そいで妄想だけできればその日一日分なんとかなるさあなどとぶつぶつ。(月や星の歌ばかりうたっているのにまた地面の上で眠る♪柳原陽一郎「ハレルヤ」)