酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

週末

今度の日曜日、母さんの誕生日を祝うから来いとメールがあったが行かなかった。

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この夢見は風邪をひいて体調が悪かったせいだろう。

ナウシカに出てくる腐海のムシみたいなありとあらゆる奇形の巨大なハエがじゃんじゃん出てきてひたすら追いかけられ続ける悪夢だった。一晩じゅう、世界じゅうワープしながら逃げ続けた。逃げ切ったと思った途端に森の奥から廊下の向こうから、友達の背中から、あらゆる場面でハエがはい出してきてオレにまといついてきた。世界の四方は底知れぬ暗黒に包まれていた。

ぞっとするほどリアルなそのパーツ、その細部、鮮やかな複眼にキチン質、いやらしい繊毛の細かく震える触手のような節足の、そのうじゃうじゃとした蠢き。

ぞっとしながら、わあわあと叫びながら逃げながら、走りながら、「でも嫌いじゃないな。」と思っていた。肩にとまらせて愛でてもいいじゃなか、とどこかで思っていた。さわさわとその足の繊毛がオレの皮膚の上をはい回る感触を、触覚がオレの存在をさぐる感触を思うと少しうっとりした。奴らはオレを愛しているんだ。

苦しいよ。

ハエども、オレに追いついてくれ、そうしたらそうするから、安らかになるから。

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ふと目覚めたらまだ暗い。夜明け前。

全身どろんと重くて寝た感じがしない。やれやれ、寝直しだ。

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うとうとと浅い眠りに入る。

また夢だ。

煌々と灯りを付けても不思議に薄暗さのぬぐいきれない新建材のきれいなマンションのリビングで、家族が深刻な相談事をしていた。だがオレには彼らの言葉がまったく理解できなかった。ぶんぶんとハエが飛び回る羽音にしか聞こえなかった。

ハエの言葉を彼らは夜通ししゃべりつづけていた。

オレは黙って寝室に引き上げる。寝室には南側に大きなきれいな海の見える窓があった。かすかな波が見えた。真っ黒に輝いていて完璧に美しい海だった。その窓辺のベッドで冷たい色をした海を眺めながらひざをかかえて眠り…オレはその夢の中の夢から覚める。

津波。まっくろいその海が襲いかかってくる。みるみる闇が迫ってくる。頑丈なはずの窓は割れて、ザアーっとくろいつめたい波をかぶってオレは…。

またシーンは前夜に戻っている。両親の、ハエの羽音の会話。

 

…というタイムループする一晩を幾万回も繰り返したら、いつもの朝がきた。

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日曜の夜、SNSには姉一家と両親が笑いながらにぎにぎとご馳走の並んだ食卓を囲んだ写真や交わした会話のことなど楽しそうな記事がアップされていた。

ふん、よかった。
うっかり行かなくてよかった。

オレは安心した。その場にいなくってよかった。オレはいなくてもいいんだと確認できた。

びっくりするほど平和な、保険会社かミサワホームのコマーシャルに出てくるようなハッピーファミリー三世代の図。

確かにその場にいたらいたで楽しかったろうなとは思うんだけどね。愛犬を抱えてVサインを出す満面の写真の笑顔、あのぴちぴちの娘さんになった姪っこもからかうと意外と楽しいしな。

あの画面の中に入り込めばあたたかいものに包まれていたのかもしれない。変なニヤけ顔のオレがあの写真の中にいたって不思議はないのかもしれない。…だがそうでなくてよかったのだ。着古した抜け殻みたいな過去に縋りつくように入り込まなくてよかった、と寂しさの傍らオレは確かにそう思った。

こんなにんげんのくずが親族にいるって思わせるのも気を使わせるのも実際気の毒だしな。大体オレ義兄さんは苦手なんだ。

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今日は悪夢の残滓の中、実際ひどい体調だったが、部屋にいると一層死にそうな気分だったので帽子とマスク、本だけ抱えてよろよろと街に出た。珈琲一杯分だけ外で過ごす自由くらいもっている。

休日の街の賑わいの中の匿名性に埋もれる感覚はオレを救ってくれる。

頭痛とめまいのなかの恍惚に吉田篤弘の小説の言葉を刻みながら電車で戻ったら無事夕方になった。

あとは酒さえあれば眠れさえすれば今日はとりあえず最低限の悪事しかしないですんで無事終結だ。人生これくらいで終われば上等だと思う。

まあまあのいい週末だ。

 

おやすみ、世界。