いつの間にか高校時代の淡い初恋のことを考えていた。
恋なんてしたことはないような気がしていたけど、今日の今日、初めてあれは恋だったのだと認定したんである。
歴史ごと、その恋は今日創造された。
甘酸っぱい切ない優しい憧れの風景。あのひととの語らいや日々を想像した。よその学校の憧れの先輩で、ほんの少しの間だけ、部活でのかかわりがあった。ほんの少しの関わり。
しばらくの間の放課後だけ、毎日会えた。
顔を合わせてはいた。だけど直接言葉を交わしたのは実際はほんのふたことみこと、であったような気もする。
だけど、それで十分だった。
たわいもない戯れのおしゃべりの中での、おそらく何の気なしの、ほんのひとこと。深い意味もなく。
けれどその一瞬、その一言だけが会話の、時空のコンテクストから遊離した。ほんのひとこと。まっすぐに目を見て顔をみて、心臓を射抜くような、心を覚醒させるような。
その何の気なしに流れる日常のそのたった一コマだけがシャッターを切られ心に焼き付けられて残る。時を超え、すべて儚く移ろい変化してゆく世界を凌駕し、永遠にそのままに心の中に現在する真理となる。
言葉が響いた。瞳が真面目で優しかった。ほんのりあたたかい微かな好意。私をまるで価値あるもののように扱ってくれているような仕草であった。
その甘さ。あの表情で、あの言葉の延長で、大切にされる日々の想像。
おそらく捏造された記憶に基づき私の中の真理は創造される。他者を恋うるということ。
初恋の記憶がよみがえる夜、切なくてかなしくて欲しくて欲しくてたまらない、永遠に失われたもの。ああ今あのときに戻れるならば絶対に下校する彼に追いすがりそっと手に触れ恋を語ってしまうだろう。