決してあってはならないことなのですが
…という枕詞が気に入っている。大変に使い勝手がいい。
これは、図書館で検索によるとそこにあるはずの本がない、という事態に出会ったとき、図書館のスタッフの人と二人して大捜索した後の、彼女の苦しげな表情から搾り出された科白である。
枕詞として、中間の間投詞として、言い終わった後もう一度仕上げられる言葉として、繰り返された。
「どなたがが無断で持ち去ったという可能性が…」
「それはやはり、盗まれちゃったということでしょうかっ!?」
(大変慌てて)
「イエこれは決してあってはならぬ…」
と、聞き返し確かめるごとにその激しい苦悶の表情を深めつつ「盗まれた」という、他者への(己の側の正義を傘に着た)罵りと悪意の言葉への誘惑をひたすら避けるためにひたすら繰り返された彼女のうつくしいポリシー、そのこころの言葉である。
私は、いや何もそこまで苦しまんでも…と思ったのであるが、なんだかね。
ウン、実になんだか素敵な図書館員の誇りと美学を感じたのであるよ。
それ以来私は何か起こったときこれを呟くことにしている。
ちょっと、というか大分違うんだけど、悪意やなんかによらないひたすら理不尽で不幸な災難に対しただ孤独に耐えなばならぬ場合などに好適なんである。
例えばね。
昨夜はフローズンラズベリー冷蔵庫内ぶちまけスプラッタ事件。私の寝巻き、台所の床、貴重な大好きなラズベリー。
…そう、このことばの用途としてはこのような瞬間に呟くものである。
あってはならぬことには実にあってほしくないものだ。
いやホント。