梨木香歩さんの新刊、しかも非常に面白かった記憶のある「f植物園の巣穴」の続編、ということでどひゃーっと飛びついたんだけど。
…う〜ん、期待したほど面白く感じられなかった。
というかやっぱり面白くなかったと思う。
確かに梨木果歩さん、その綿密なデータからくる堅牢性に支えられた世界観、こなれた文章に物語構築の手腕、凝った構成、確かに手練れのプロの作品、ではあるんだろうけど。
そして「f植物園」よりもむしろ読みやすかったんだと思うけど。
…おもしろくないのだ。形から分析するとおもしろい構成なんだけど中身はおもしろくないのだ。「植物園」にあったあの深み、重み、哀しみ、痛み、世界と個のかかわりの関係性の中でそれは激しく胸をえぐり脳を揺さぶり痺れさせるものであったような気がするんだけど。アイデンティティの枠組みの根底を揺さぶり浄化してゆくような。
…その重みと深みがない。
軽やかさを追っていることとそれはあまり関係がない。アイデンティティや存在の不安も身体を襲う痛みも、それらすべてはただ小説、物語を動かすための材料、要素、「f植物園」で使われていたモチーフの意味のインデックスとしての役割を担うだけのものへと堕し、作品自体には推理小説的な、ミステリとしての知的な面白さを提供しているだけだ。
…物語設定は、「f植物園」での主人公豊彦の曾孫、佐田山幸彦が原因不明の痛みに導かれて祖先の、その属した地や祖先との関わりを背負ってゆく体のものであり、文章はこなれている理屈っぽい主人公にも好感が持てて読みやすく、他の人間描写もさすがに優れて魅力と雰囲気がある。まあこれはこれでとしておもしろくない、わけではないのだなあ。う〜ん。何を求めるかによるんだろな。
ただ、「岸辺のヤービ」でも思ったんだけど、作品として、このひとのこれまでの作品のもつ要素を思想を、論理としては網羅している、けれどもそれがただ論理だけになっている、という感覚がある。奥に秘められていたすさまじさ、アイデンティティへの疑問、存在という原罪、その痛み、深みと重みが既に感じられない…。もしかしてこのひとは書きたいことを書きつくしてしまったのではないだろうか、なんてふと感じてしまったんである。
…そういうことがあっても不思議ではないし、既に偉業を成し遂げてしまった、といえばまたうなづけるような気もするんだけどね。
「f植物園の巣穴」は確か昔感想書いてたと思ったらあった。