酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

立春

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立春
夜明けがだんだん早くなる。

澄んだ朝、世界をももいろに染め上げるうつくしい朝陽の光と影を眺めながらきゃべつを刻み、キヨシロの叫んだ自由のことについて考えていた。(口ずさんでいたのは中島みゆきの「歌を~歌おう~心の限り~愛を~こめて~あなたのために~♪」。)

「♪短いこの人生で一番大事なもの、それはオレの自由、自由、自由~!!!」
「♪きたねえこの世界で一番きれいなもの、それはオレの自由、自由、自由~!!!」

いつも考えていた、ロックの形式で偽悪的に叫ばれるこの自由ってのは何なんだろうな、と。

その衝動とは。

 

なんだかどこかそれは両面性をもっている気がしてずっと心にひっかかっていた。偽悪に流れることなく考えるべきところにある、輝きと闇の。喜びと苦しみの感覚。

シェイクスピアの「Fair is foul, and foul is fair.♪」を持ち出すまでもなく。
(キレイは汚い、汚いはきれいと訳されてるけど、原文のが意味の広さがわかりやすいね。)

…で、ことんと思いついた。
こないだ読んだ柄谷の思想での「原遊動性U」。
(記事はこちら)

そうだ、アレだよ、アレ。柄谷がタナトスのひとつの解釈としてみせた純粋にして無機的な志向性、運動性としてとらえられる人間の「原遊動性U」回帰運動の概念。あらゆるシステム内に遍在するすべての人間の中の徹底した解放、自由にして平等なるものへの志向性。

両義という全体性をあの概念でイメージできて、何となくスッキリ。
日々新しく日はまた昇る。春はまた来る。

生きねば。


(昨日、豆はまかなかったが春を呼ぶ鬼の絵本は読んだ。)
なかなかよいのだ。こみねゆらさんのうつくしいイラストに彩られた茂一久美子さんの「魔法のたいこと金の針」春を呼ぶ太鼓の練習をする可愛い小鬼君に頼まれて魔法の金の針で太鼓の皮の修理をする仕立て屋さん。四季の彩りを暖かな自然の不思議で彩る美しい絵本。

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節分の小鬼君の話で好きなのはコレだな。
富安陽子さん「2月のおはなし 鬼まつりの夜」

節分の夜、鬼ごっこするものよっといで、と歌う窓の外の子鬼にとっつかまったケイタは、ケイタオニにされて鬼祭りに連れて行かれる。本来「鬼は外」と悪役にされて家から追い出される役割の鬼たちを、闇から外へと解放される年に一度のとびきり素敵なお祭りとして読み替え、鬼を追い出すのではなく冬を追い出し春を呼び込む生命世界全体のお祭りに仕立て上げた素敵な鬼たちの節分物語。本当にこのひとのお話はあたたかく快くおもしろい。