酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

モンブランスタイル

昨年春、不意に空から降り落ちてきた天啓を受けた。

モンブランである。

落ちてきてしまったものは仕方がない。私はそれからせっせとあちこちのモンブランのことを研究した。その中で当然候補に挙がったのが谷中の「和栗や」である。選りすぐりの栗が自慢、栗菓子専門店。いつも行列みんな絶賛つくりたてモンブラン

で、去年の秋かな。一番素晴らしい旬の秋の栗スペシャモンブランが始まった頃。
今日こそは、の良き日を選んで勇んで出かけた。

…甘かった。開店早々長蛇の列、並んだ末にしばらくしてから「本日売り切れ」。

朝からものすごい覚悟で張り切ってわざわざ電車乗り継いで行ったのに。
ものすごくくじけた気持ちになってものすごく落ち込んだのだ、その日は。

で、その和栗やが今年五月に新しくモンブラン専門店を出したという。ひそやかに。その名も「モンブランスタイル」。まだ谷中和栗やほどの知名度はない。並ばずに済むチャンスかもしれぬ。


…ということで行ってまいりました。
再びの一大決心。

2018年平成最後の年、梅雨明けの翌日。
今日だ、と思った。

目覚めた瞬間スコンと晴れたまばゆい夏の空を感じた朝だ。

陽射しがじりじりと皮膚を焦がすように照り付ける夏のはじまりの土曜日、遥かなる富ヶ谷。やれどっこいしょー。

例のごとく方向音痴、多少おろおろと迷っていたら、開店から10分過ぎてしまい、見れば既に5~6人店の外に並んでいる。

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ヤレヤレ。
日陰を選んでのそのそと座り込んで待つ。陽射しは強いが汗ばんだ額に快い風が吹き抜ける。とろけるような真夏の陽射し、土曜の真昼。このばかばかしく美しい世界、そう悪くない。

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谷中の和栗やはごく普通に老舗の和菓子屋、という風情だったけど、ここはあからさまに寿司屋。コンセプトが和にこだわって、カウンターで職人が出来立てを客に供するスタイル、ということらしい。

でね、だけどね、猛烈に暑いしなんかどれくらい待たされるかわからない行列だしお持ち帰り不可でその場でおいしく完食する自信ないし生クリーム苦手だし高価いし、このままくるりと踵を返して帰ってしまおうかという思いもかなり強くてだな。正直この期に及んで迷いに迷っていたのだが、中をのぞき込んだら、隙間から店内が覗かれた。

職人さんがマロンクリームを絞っていた。

…うつくしかった。

アレを目の前で見て、その出来立ての一品が私のためにこの目の前に供され、この私がそれを現実にスプーンですくってほにゃりと食べるなどというイベントが、今持っている私の可愛い紅色に水玉テントウムシ模様のお財布の中身で贖うというかたちで許される、ということが、これからそれが起こるのだ、ということが、奇跡のような僥倖として感じられた。…つまりはいきなり盛り上がってしまったのである。

待つ。待つぞ、オレは待つ。パフェでもデセルでもいいけど、ああどうしよう、うむやっぱり王道モンブランだ、デセルの方にしよう。

(メニューは二種類のみ。「モンブランデセル」《普通のモンブラン》大小。そして季節のモンブランパフェ。今は桃との組み合わせ。)(飲み物はほうじ茶、緑茶。)

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ひんやり涼しい店内に招き入れられ、静かな音楽がながれる落ち着いた空間で冷たい水とお絞り、ほっとする。スタッフはいかにも職人さん風の衣装をかためたほんにダンディな職人さんと、注文を取ったり片づけたりアシスタント的な女の子が一人。

席に着いて注文をしてからかなり待たされたが、実にこの時間がごちそうであった。
丹念にパフェとモンブランを拵え続ける職人技をライブで堪能できる。

いやなんというかそれにしても緊張するんである。

カウンターの向こうでは、寡黙なモンブラン職人が黙々とモンブランを製作し続ける。で、客の側も只ならぬ緊張感なんである。おしゃべりもひそひそ図書館レヴェル。やはりここでモンブランはもはや道なのだ。モンブラン的求道の場。

上品な和風のインテリアにも心遣い。あちこちにさりげない栗が潜んでいたりする。お手洗いのシンクやお香ポットも可愛いこだわりの栗型だったりしてね。

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皿とスプーンが並べられてからかなり待たされる、が、このわくわくする待つ時間が一番のごちそうなんだな、やっぱり。

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穏やかに低い声、最小限の言葉で指示するマイスター、てきぱきと従うアシスタント、すべてはなめらかで快いスタイルをもって進んでゆく。つぎつぎと鮮やかな手つきで出来上がりスマートに供されてゆくモンブランパフェやモンブラン、ほうじ茶の香り。すべては約束されたパフォーマンス、職人ライブである。

ここに参加し、う~ん、おいしい、などと呟きながら堪能するお客さんたち。調和したこの馴れ合い物語空間にひそやかに身を沈める。…これが楽しい、嬉しいのだ。

そしていよいよ自分の番である。

来たあ…
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やはり美しい。和の器に似合う芸術品。

最初のひと口、ううむ。

…さすがに素晴らしい。栗。

感激した。これである。栗どストレート。ラムもヴァニラもなし、和栗直球勝負、甘味もナチュラル、できたてでやわやわ、スプーンに柔らかくまとわりつくマロンストリングス。ほにゃりと口の中でほどけてゆく。ほどよくなめらかだけど絶妙のほっくりした舌触りを残して広がるなんともいえぬ濃い栗風味。

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構成は、マロンストリングスに覆われた柔らかな生クリームと渋皮栗クリーム、アクセントのさくっとしたメレンゲのストイックな正統派。

でね。

だけどね。

…やっぱ、甘すぎるのと生クリーム苦手なのよ自分、ということをしみじみとかなしく思った。

後半のこの生クリームが辛かったんである。全部を一気においしくいただくのムリ。少しずつ食べたいからお持ち帰りさせてくれ。というか、このマロンペーストんとこだけたらふく食べたいのオレ。これだけ売ってほしい。

でね。思ったの。
せっかくオーダーしてからひとつずつ拵えてるんだから、結構な値段するんだから、構成をお客の嗜好にあわせてちいとくらい変えてくれてもいいと思うの。

だったらさ、オレ殆どこのマロンストリングスにして、中にアクセント程度に渋皮栗のカケラころころ詰め込んだ第二番目の渋皮栗クリーム、さくさくメレンゲ。それだったら最後までもう単純にうっとり幸せになれるのに。あと「不可」とか言わないで、持ち帰らせてほしいの。こういう話題性のお店はマスコミやSNSワールドに流通するお店側の物語美学で受けてるんだけどさ、だけどさ、お客様は神様ですはやりすぎだけどさ、ここはオレの城だ、これが一番うまいのだ、言うこと聞いてオレのやり方が美学が気に入らないんだったら来るな、っていうその裏返しのやつさ、そりゃまあ正しいんだけどさ。

でもさ、悔しいやん。栗好きなのにこの栗ペースト恐ろしく素晴らしいのに。ギー。負け惜しみだけどさ。

あとさ、もうひとつ。
栗はうまいけど職人は職人だ。パティシエじゃない、って思ったのよオレ。

パティシエは伝統と個性としての創作のセンスを併せ持つ味覚に五感を響かせた総合的なアーティストであって、職人とはちがう。パティシエとしては、やっぱり目白のエーグルドゥース。あの洗練の方がやはり菓子の完成度としては格段に素晴らしい。

ただここの素材は確かに一番だと思ったから悔しいのだ。

ワシは消費者にはなれないんだな、としみじみ思った。
職人側の美学だけまるごと押し付けるやり方ってやっぱりどうかと思う。イヤそれで受けてるんだし、売れてるんだし、行列できてるんだし、需要と供給が一致してていいんだろうけどさ。もちっとフレキシブルにこっちのこと思ってくれてもいいやん。もちっとテゲテゲにしてくれてもいいやん。

でさ、できたらモンブランには珈琲欲しいんやん。和のほうじ茶と緑茶にこだわるのわかるけどさ。でもさ、ほうじ茶ラテはやってるんだし。

いいやん、コーヒーじゃなくて珈琲って称してで和の器でかっこいく供するスタイルなら和風やん。(珈琲の強烈な風味は、ほうじ茶やなんかと違って、ラムやヴァニラを使わないストレートなこの自慢の栗の風味を十二分に味わうには邪道になるって言いたいんだろなあ。)(そらまあすごくわかるけど。まあねえ、確かに職人の自負と誇りを感じさせるかっこよさ。)

 

ああだけどなあ、このマロンペーストがあったら、自分の好きな配合でうんと幸せになれるくりおやつおうちでいっぱいたべられるのになあ。とっときのヴァニラブランデやトーフクリーム、カカオや胡桃なんかと組み合わせたりしてあれこれ楽しいのになあ。

かなうことなら、中野のラブリコチエか銀座みゆき館かエーグルドゥースのモンブランのあのでっかいさくさく土台マカロンの上に西荻アテスウェイモンブランの中身の和栗コロコロのっけてここのマロンストリングスたらふく、のやつがいいな~。なんて考えてしまった旅でした。

あーワガママいっぱい言ってすっきり。