酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

桜・図書館・墓場

私は常々土曜午後の図書館は大変良いものだという信念を抱いているのだが、日曜朝の図書館というのもまた大層良いものである。

 

「今現在」に繋がれたままの地元の図書館ではだめである。隣町とか、ちょっと離れたよその街の、明るい、窓の大きな図書館がいい。今の日常認識、自意識からすら離れた純粋な概念、記憶のリアルの方に連なりやすい、実存としての図書館空間が開かれるから。幸福な風景に。

 

という事でうらうら春の日曜日である。

 

三階の子供コーナーから見下ろすせる窓の外の風景は、のどやかな春の陽射しが降り注ぐ墓場である。

 

雑木林の中にひっそりと佇む暮石。静かで安らかな趣のある美しい墓場である。ゆらゆら揺れる美しいソメイヨシノが、桜色の雲のように静かに咲き誇ってその眠りの上を覆っている。優しい花かげが揺れる。墓上に花を供える人がいる。

墓場の塀の向こうの道をのんびりと行き交う人々が皆一様に同じ場所で立ち止まり、同じスタイルで写真を撮る様子を眺めているのは愉快である。

全ては静かな懐かしい金色の陽射しにあふれた日曜の朝に包まれている。全ての思い出の中の日曜日を連ねてすぽんと開かれた異空間。私の見ているこの風景に重なる、その先に探り当てられるべきこの日曜日の概念こそが、立原道造の謳った「日曜日」のそれと重なるイデアなのではなかったか、などと考える。

 

私がただ純粋に、こんなにも激しく世界平和を願うのはこのイデアの中でだけかもしれない。

 

世界よ長くここにあれってね。