酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

蛇男・依頼人プロフィール

請われた。

物語にしてくれ、物語を作ってくれ、と。
あの稀代の物語メーカーが物語に餓えている。激しい乾きと飢餓を抱えている。マリアの慈愛のように降り注ぐ「他者による」異質な意味と物語によって鎮められなだめられることを欲している。

…そうだ、彼はいつでも周囲の人間を巻き込んで力技な物語をくるくると紡ぎ出してきた。飴と鞭を、毒と薬を、快楽と苦痛、浅ましさと崇高さを突き交ぜた激しい極彩色のドラマツルギー。その中に人を読み込み巻き込みその中の登場人物に仕立て上げる。その中に生かすことによって自分も生きることができる、他者を認めず自分の物語に。

そんな生き方だったのだ。

作りだし続けなければ生きていけない。紡ぎ続けなければ存在自体が崩壊してしまう。
…昔から口癖のようにつぶやいていた。「楽しくなければ生きられない。」

虚実の境が見えなくなってゆく。多分作り出している本人にとって。
多分それが「現実と真実」をつくりだす行為であるという原理があるんだろう。作り出し続けなければ世界が虚無に、意味のないものになってしまうという恐怖、強迫観念に駆り立てられているようにも思えた。彼にとって世界の基盤は虚無と闇なのだ。独りひたすら自我の物語の光を灯し続けなければ世界がまるごとなくなってしまう。その歴史ごと存在を否定されてしまう。無だ。

泳ぐのをやめた途端死んでしまうイワシのようだ、と私は思っていた。

オフェンスし続けなければ生きる場所ができない、呼吸ができない。そうせずにはいられない。攻撃する、あざ笑う、罵る、崇拝してみせる。

美学の構築だ。
神が死んでしまったあとの人はみな、多かれ少なかれこうやって生きている、の原型を荒々しい形で見せてくれる。

だけど、いつでもフルパワーなんて続かない。孤軍奮闘、自力で世界を構築し続けることなんか誰にもできない。それは神の領域なんだから。

だから時折力尽き、己の物語に自家中毒を起こし、一気に枯渇してしまう。そして彼は一気にダメになってしまうのだ。何でも知ってると思い望むものはみな手に入れてきた裸の王様が我に返るとき。彼はやわらかく無防備な裸の赤子になって世界に意味を見いだせず途方に暮れる。ぱくぱくと苦しそうに水面で虚しく酸素を求めていた夜店の金魚の姿を私は思い出す。

与えてくれ、救ってくれ。寂しくて死にそうだ。

この声は、ひとりのものではない。油断していると、地球上ありとあらゆるところから響いてくる、地鳴りのような大合唱に私はつぶされる。与えてくれ、救ってくれ。死んでしまう!全人類の歴史が降り積もった古い記憶の地層から、世界の闇を揺るがす地鳴りのように響いてくるこの声。

 *** *** 

蛇男はやってくる。
いつでも、時空の隙間から湧いて出る。私はそれを見る。依頼人を私はそこに啓示した。

蛇男はやってくる。
この声が発せられる場所へ、求められた場所へ、すべてを与えるために、そして何かを失わせるために。