酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

コロッケ

台風、嵐のように過ぎ去っていきましたね。いや実際嵐なんですが。

台風一過の青空が私は本当に大好きだ。何もかもぶっ飛ばされた後の非日常的にまばゆい、何もかも永遠に新しく神々しい光。神の国に近い世界からくるものの、光という形態、という、そのようなもののことについて考える。

しかしまあ過ぎ去る前には来るわけで、台風対策として事前にいろいろしておくべきことは多々あるわけで。で、その中のひとつとしてはコロッケを買っておく、という文化もあるらしい。(主としてネット中毒者の間で)

コロッケか。
(モノマネのひとではない)

…日本料理である、というか日本の洋食。西洋の伝統料理、お仏蘭西料理のクロケットを由来としながらそれとは似て非なるもの。我が国で独自のアレンジを加えられ、大衆に広まった日本独自の洋食文化、カレーや麦酒のように、オリジナルを越えた優れた品質とオリジナリティをもちオリジンの側に逆輸入さえされるべき通俗と洗練の極みに達したパワフルな庶民の味なんである。

通常、キツネ色にサクサク香ばしく揚げられたパン粉衣に、ベシャメルソース系とジャガイモ系、つまりクリームコロッケとポテトコロッケの二種に大別されるコンテンツが内包される。この二種とは、サクトロ系とサクホク系の違いであるといえる。ジャガイモの変奏としては南瓜とかサツマイモとかホクホクでんぷん系のものならばヨシ、アレンジは無限である。クリームコロッケ、と銘打たれない単なるコロッケという場合、我が国においては通常ジャガイモのコロッケを指す。

双方、多くの場合ひき肉だの魚介など動物性蛋白源が配合される。カニクリームコロッケなど実にいいものである。冷凍食品のお弁当素材の定番である。(ちなみにウチの母のクリームコロッケは素晴らしい一品であったと記憶する。ベシャメルソース作りが得意だったのだな。アレは俵型で鶏ひき肉やら炒め玉ねぎやらごってり詰め込まれたやたらと具沢山の節操のない美味しさであった。いやなにしろでっかいのだ、とにかく。)

ということで、クリームコロッケの方がどちらかというと個人的に嗜好があるやもしれぬ(子供の頃おそらく自分一番好きだった夕餉のメニューはグラタンであった。母の得意料理、粉チーズかけて高温で焼き上げたこんがり熱々のマカロニグラタン。やっぱりやたらと具沢山で、海老だの鶏肉だの節操なくごってり配合されていた。うまかった。ベシャメルソース拵えるとこから見学した。楽しかった。バターを溶かし粉と炒めて牛乳を投入すると、魔法のようにとろりとしたクリームが出来上がる、香り立つ胡椒にローリエ、…その各々のプロセスの度に、うっとりするよに優しいうまそなアロマが香り立つ)、といいながら、ここで言いたいのはジャガイモ系のことなんである。

ジャガイモのコロッケとは買うものであった。

小学校低学年の頃の数年間、岡山に住んでいたことがある。住居はほとんど人里離れたというレヴェルの山の上だったため、登下校はもちろん、買い物をするにもいちいちふもとまで上り下りしなくてはならぬかなり難儀な暮らしであった。(喘息もちで途中かなり悪化したため、下校途中で呼吸困難をおこし帰れなくなったことも幾度もある。しまいにはほとんど通えなくなって療養所の養護学校に送られた。)(山犬の集団が出没する騒ぎがあって、下校時、追われた記憶もある。ほぼ狼の群れである。恐怖であった。…町の自警団がまわってたリ、毒団子しかけてたりしてましたな、確か。)(本屋もパン屋も徒歩圏にはなかったので、購読している子供向けの雑誌の配達やら行商パン屋トラックとかポンポン菓子の車がまわってくる日が大層楽しみであった。独特の音楽を鳴らしてやってくるのだ。)

で、時折、放課後、夕暮れ前の微妙な時間帯に買い物をおおせつかるんである。坂を下りたところにある肉屋で鶏ひき肉200g買って来いとかそういうの。その向かいには私の好きな駄菓子屋もあったりしたので嫌がらずにいそいそと出かけていた記憶がある。お小遣いにぎりしめて50円のラムネ菓子とか買うのだな。

…ということで、その肉屋のスペシャリテが特製コロッケだったのだ。お使いに行ったときは、必ずついでにその揚げたての熱々をいくつか買うように言われた。母や私や姉のおやつである。みんな大好きであった。そしてお使いに行ったものは、帰り道、道すがらその暖かい紙袋から、一番おいしい熱々んとこをつまみ食いで齧る特権が与えられていた。

夕暮れの始まるころの、微妙にやわらかい黄昏を孕んだ空の色、家々の夕餉の支度のはじまる気配。胸に暖かい熱々ほくほくのコロッケ抱えてかじりながら母や姉のいるおうちに帰るまでの道。あのときの風景は高校の頃の下校のときの風景とまじりあって私を支える心象風景の一部として堆積、変成されている。

それは涙のしずくの形をしたコロッケで、我が家では「涙コロッケ」と呼ばれていた。肉屋が肉の半端な切れ端を活用するために開発した、メンチカツとまではいかなくても、値段の割に肉片が豪勢に配合されていると町の主婦層に評判のうまいコロッケで、ご町内の人気の一品だったのだ。(ミンチカツは関西、メンチカツは関東の呼び名らしいですな。どういうことなのかよくわからんが。)(わしゃ圧倒的にメンチカツ。ミンチカツなどという奇態な響きの名詞は認められない。)

従って、コロッケとは俵型のカニクリームコロッケでないのならおしなべて涙のかたちをしていなくてはならないし、肉屋の店先で揚げたてを購入するものでなくてはならない。町の老舗の洋食屋で、多少冷め始めてウスターソースが微妙に滲んだところにキャベツの千切りが入り混じるという状態を箸でご飯にのせながらかっこむようなスタイルも、お弁当箱の片隅でおにぎりと密接し、半分に切ったとこがへちゃげてジャガイモがはみ出しかけながらもソースが沁み込んでしっとり独特の味わいをかもしたものをさりげなくいただく瞬間も、そりゃあなかなかいい情緒があるものではあるが、あの夕暮れの熱々のふうふう、坂道を登りながら齧る、なみだのかたちのコロッケには遠く遥か及ばない。

それ以外のコロッケはもはやコロコロコミックドラえもん抜き)にもはるかに及ばないさびしいたべものであると言わざるを得ないのだ。要するに。