酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

パンあれこれ

しばらくパンというものを食べていない。

ふわふわやわらかな白いパンなんか、高校時代以来食べていないのではないだろうか。(自分、精白精製した白米白パン白砂糖の類は食べ物として悪だという信念をもっている。あれは特別なもの、祭りの食べ物、日常食にしてはいけないもの。)

姉曰く(当時高校〜大学生)
「朝ごはんにはサンジェルマンの(阿佐ヶ谷駅前にあった。)エクセルブランのトースト焼き立て熱々にバターとマーマレード、アールグレイよね、やっぱり。」両親の好みもこれに準じた非常に昭和スノッブイングランドな正統派趣味であったが、末っ子自分だけはその趣味には敬意を払いはしても迎合はせず、孤高にひとり異なるメニューを希望強行ゴリ押しした。(ワガママともいう。)あの店の、苦みの効いたオレンジピールぎっしりの美しいマーマレードは当時決して悪いものではなかったが、きちんとうまみのある上質の小麦の香りの、サクッとしていながらひきの強い、正統派イギリス食パン、こんがりキツネ色の焼き立てトーストにとろけてゆくミルキーに甘いバターの香り、は決して悪いものではなかったが。

…ことパンと麦酒に関しては断然イギリスよりドイツなんである。(そして紅茶よりも珈琲)ずっしりどっしりがっしりにワイルドで雑穀な感じがいいんである。真っ黒でずっしり重くて酸味の効いたプンパーニッケルなんか非常にイイ。そして同じサンジェルマンのパンでも、(阿佐ヶ谷駅前で一番便利なとこにあるパン屋だったのだ。)コンコンと叩けば釘が打てそうなガチガチに固いフルーツとナッツぎっしりのライ麦パンスティックがお気に入りであった。(あれでコンコンと頭を叩いて「文明開化の音がする~♪」などとくだらないことをして遊ぶのが好きであった。)(どうでもいいけど「叩けばホコリの出るカラダ」という言葉が昔からどうもとっても好きである。自分。)一生懸命噛むのがイイんである。よく噛む行為はブスボケデブを予防する。(噛む行為は咀嚼の筋肉運動による顔の輪郭のひきしめ効果をもち(ブス予防)、ゆっくりと食することによって過食も予防、(デブ予防)また咀嚼による唾液分泌には老化防止ホルモン分泌を伴っているという研究がある。(ボケ予防))

一時期はルヴァン方式、干し無花果等を用いて酵母を起こし、毎日餌を与えて育てては国産全粒粉&ライ麦その他雑穀ブレンドパンを焼いていたが、それは大変よろしいことであったんだが、あまりにも大変なのでくじけてしまった。(自分で酵母を育てるのは結構喜びであった。膨らむと可愛いのだ。)

で、パンにくじけたトラウマを負ってしまったせいか(ウソです。)なんとなく日常的には食わなくなってしまった。

…だけど菓子と同じように実は好きなんである、パン。
つまり、観念としての食べ物。加工度が高い食べ物。自然界の恵みのかたちをその跡形を消した形に加工した意味としての食べ物、肉体の糧ではなく、心のための糧、喜びのための。

 

それは、自然からではなく、夢や神、形而上の意味をもって形而下に降ってくる贈り物、人間だけのための食べ物(動物は栄養足りてるのに儀式や官能や心の喜びのためのおやつを食べたりしない。)、という位置づけをされたもの。アニミズムや自然崇拝、自然の恵み、その豊饒への感謝からくる信仰からの決別と、それが唯一神へふりかえられた、「概念」へ帰依を意味するもの、(パンやワインっていうのはホントそうだよな、キリスト教の信仰的な飲食物としての象徴。それに相応しい、この加工され洗練された観念としての食物。)…そして、われわれにとってはさらに、異国の食べ物。

…ちなみに漱石は下戸で甘いもの好きだったんだけど、当時はかなり高価だったハイカラな菓子やパン類も好きだったらしい。

(「こころ」にも確か「チョコレートを塗ったカステラ」の菓子なんか出てきたよね。甘そうだけどうまそう、チョコレートを塗ったカステラ。)(東京の先生んとこのおやつはハイカラなこういう菓子、語り手の青年が里帰りしたときの彼の父親に「うまいもの」と呼ばれたおやつが田舎な煎餅バリバリで、青年は憐みに似た田舎と古い時代への思いを抱く。こういう食べ物モチーフによる、新時代(都会)と旧時代(田舎)を象徴するかのような二人の「父的なるもの」のイメージ対比も巧みなんだよな、漱石。)

で、火鉢で食パンを焼いて当時大変な高級品だった苺ジャムなんか塗ったものを朝ごはんにしていたらしい。…まあ倫敦留学してた人間だからな。

(どうでもいいけど、ワシは漱石や賢治の作品がものすごく好きだが、生身の人間としての作者が目の前にいたら、すごくやなやつだと思うんじゃないかと思っている。)

で、特に我が国における昭和世代のパンに対する独特のファンタジックなあこがれや観念性については、かこさとしの既に古典とされている名作絵本「カラスのパンやさん」の人気に最も如実に現れているのではないだろうか、というようなことを思っている。

もうね、この絵本大好きで、何度も何度も眺めては喜び熟読し、ひとつひとつのパンの絵をなめるように眺めておいしい楽しい可愛いパンどもを想像したものだよ、幼児だったオレ。…こういうさ、フレーバーで目先を変えるとかキャラパン的な遊びというか、キャラ弁的なる食べ物文化って日本独特だよねえ、実際。

季節や行事にちなんだ商戦で、一斉にさまざまな意匠を凝らしたパンや菓子があふれかえる街のケーキ屋やパン屋。百花繚乱バレンタインやクリスマス、春には苺スペシャル、そしてさくらんぼからもも、西瓜へ。四季の変化を尊ぶ伝統的な伝統行事への精神を底に敷いた、それは変奏であるように思う。

かたちと味とイメージ、能書き、物語を味わうことが、食べ物それ自体を味わうことに先行する。なんだかね、この感じはアレだよ、アレ思い出す。

ロラン・バルトの「表徴の帝国、記号の国」日本。意味内容の不在、跋扈するイメージと物語の幻想の中で遊ぶ国だ。

 

オレ結構好きだよ、この国のこういうところ。
スノッブなグルメとか偉そうな美食家とかグルメ評論とかいやらしいとこにも通じちゃう功罪はあれこれだけどさ、とにかく精神が満ちてるんだ。実質より物語を愛する精神性。味わうことを、身体的な実質、実体というよりは物語と知性によって、記号として味わってしまう繊細さ。

まあ何しろさ、ケーキ屋やパン屋の前に漂う、オーブンから菓子やパンの焼ける匂いは、まごうことなきしやわせのカホリだな、万国共通で。 

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これはミョーに可愛らしい国分寺アンデルセンのパン、6月限定だったやつ。アンデルセンのすずの兵隊さんだって。(あれは哀しいお話だった。)カスタード詰めたデニッシュにチョコクリームとブリヨシュの兵隊さんがドン。

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