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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

笊豆腐

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こてこてに固くてこっくりと味の濃い石臼挽き豆乳ざる豆腐。
 
ふわとろやわやわつるんな茶碗蒸的にお上品な京都な感じの絹ごしより、ずっしりどっしりがっしりなこのざる豆腐である。見よこの美しい布目。
 
大体世の中なめらかプリンとかとろふわとかゆるふわとか(違)顎が退化し人間が老化するグルメ気運が高すぎる。モノを噛まないようになると顔の筋肉がゆるみアホづらになり、唾液分泌が減り虫歯進行が助長され脳みそが劣化し老化が進み(よく噛んでいると老化防止ホルモンが分泌されるという。)早食いで肥満する。ブスボケデブを助長する悪しき文化である。
 
さらしにさらし、雑味も栄養も洗い流した生命力のないこしあんとか上澄みの夢だけ掬い取る洗練美味文化を日常食にするとかそういうのオレには許せない。そういのはハレの食べ物だ…もっとソノ、なんだな、日々は縄文人的にハードボイルドワンダーランドなものを食ってた方が身体機能が向上するのではないか。こしあんよりつぶあん、クロワッサンよりカンパーニュである。白米より玄米雑穀、ハイジの白パンよりずっしりどっしりがっしりライ麦パンである。白米白パン白砂糖は諸悪の根源、芋もトマトも餅も皮ごと、秋刀魚も骨ごと食うんである。
 
で、食べた気がしないふるんつるんの上品なプリンつるつる飲み込むより、昔マミーが拵えてくれた、こてこてに歯ごたえのあるこってりプリンである。そっちの方がずっとしっかりと卵の味をかみしめられるというものではないか。
 
(…イヤそりゃたまにはハレの日にはなめらかふわとろプリンもいいけどさ、で、湯葉はふにゅっとしたやわやわがいいんだけどさ。いやでもそりゃ湯葉ってもんがもともとそういうお上品で贅沢でディレッタントな食べ物だからであってだな…)

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 身体と精神、理性と感性、個人と社会、文化。さまざまの価値観による喜びのクロスする官能、味覚。
 
これは、栄養物を摂取する際に動員される機械的な五感の反応を構成要素とし、+αとしてなんらかの個人的な意味な価値を付加して全体を成すひとつの複合感覚なのだ。刷り込みや体調、気分といってもいい、不安定な要素。だがこの部分こそが快不快を決定するコアの部分をなしているのだ。
 
味覚というのはそういう意味で非常に面白い。人間の官能の原点、原理のようなものをもっともよく示しだす感覚だ。誰にも絶対はないけれど、その感覚は絶対的に共有できないもの、というわけでもない。そしてある程度カテゴライズされてくる。

嗜好のことを考えるとき、私は必ず中島らもの「全マズ連』のことを思い出す。全国マズいもの愛好連合。確かその活動内容は、全国の不味いものを探し求め、そのマズさを愛し、それがいかに不味いかを熱く語る、というものであった。
例えば基本的に、ゆで卵を食する作法としては、味の濃い黄身はまず慌てて飲み込んでしまってから、後からゆっくりとぷりぷりした白身の無味を楽しむのだという。

食べることを楽しむことの総合価値についてしみじみと考えざるを得ない。

 諧謔とアイロニイに満ちた彼の活動は様々の価値観を相対化して考える手ががりをくれるのだ。

食べものや本の嗜好について語るとき、人は己の成り立ちそのものを赤裸々に語っているのではないかという気がする。
 
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結論・笊豆腐は大変おいしゅうございました。豆腐はどうやってもおいしい。