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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

闇太郎

川上弘美はおもしろい。

ダイナミックな作風の変化があって(おそらく意図的な。)実験的なものもあり、作品によって当たりはずれ、というか好き嫌いが別れそうな作家さんだと思う。だけどやはり、そのどれもがどこか私の心を揺さぶるところをもっている。

私は個人的に初期の作風が好きである。異界に近しい不可思議さを濃厚に打ち出した幻夢の世界。漱石夢十夜を思い出すような。

彼女はそして、よくも悪くも、根っからの、ものすごい振り切れたレヴェルで「女性的な」作家だと思う。

根源的な女性性、とでもいうのだろうか。規範、秩序、確固たる唯一の現実とされている男性社会を、その成り立ちそのものから無化していくようなようなかたちでの、彼女の描く異界性とエロティシズム。それは男性作家がおなじものを描くやりかたとはまったく異なる道筋で世界を描く。自我やアイデンティティという自明だったはずの枠組みをラディカルな形で無化してみせるのだ。この世の外部、異界、夢、官能、そして、追っても追っても限りなく果てない空虚な真理にも似た、切ない、愛のかたち。

 

…で、「闇太郎」。

これは、2001年度谷崎潤一郎賞受賞した「センセイの鞄」の舞台になった居酒屋のモデルだと言われている吉祥寺の老舗である。

こういう店で、主人公ツキコさんのようにすっと座って麦酒を頼み、お手拭きで手を拭いつつお品書きを眺め、「まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう。」とかかっこよく注文してみたい、と思っていた。(センセイとの出会いの場面ね。)(ミーハーである。)

センセイの鞄」は、15万部を売り上げたベストセラー。ドラマにもなったりして、おそらく川上弘美作品の中では最もポピュラーなもの。海外でも高く評価され、数々の賞を受け、ノーベル文学賞候補にもなったという。繊細で切なくこまやかな情感を湛えた…なるほどいかにも女性受けしそうなピュアな恋愛小説である。(そりゃあいいとは思うけどコアなファンとしてはまあポピュリズム方向、と言いたくならないこともない。じくじく。)

で、川上弘美でも村上春樹でもそうなんだけど、作品の中で描かれている食べ物の描写が素晴らしい。児童文学の中での憧れの食べ物もそうだけど…大体、食べ物が印象的に魅惑的に描かれている作品っていうのは、それ自体が素晴らしく魅惑的なものなんである、と私は信じている。

 

だからねえ、「闇太郎」。
行ってみたかったんだよね、吉祥寺にあるんだもんね。

(モデルになっている、作品のモチーフになったというゲンジツの場面に関しては、私は実は絶対視していない。それは作品のイメージのトリガーに過ぎないし、生身の一人の人間としての作者一人の個人的な「具体」に属する要素であって、テクストとして「抽象」に投げあがられたとき、それは無数の読者個人の「具体」を生み出す母胎として、ひとつの現実にしばられるものとは別の次元に開かれたものとなっている。…でもね、やっぱり一応ね、参考にはなるワケよ。絶対じゃないよ、ひとつの手がかりね。それはつまり、岩手県とイーハトーヴォの違いみたいなもんなんだ。)

 

で、どっこいしょ。
ひとりじゃ怖いので、居酒屋慣れした友人引っ張り出して、土曜の夜の大冒険、嬉し恥ずかし闇太郎初体験。

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土曜の夜、開店早々客で満杯。

引き戸を開ければ別世界。ふわりと包まれる、あたたかさ。その独特の温もり、陰影の織りなす小さな異次元。見ず知らずの人々がほんのひととき小さな空間に集う、親密な居酒屋空間。

…コレだよ、これ。これが知りたかったのオレ。

隅っこの席に、麦酒すすりながら、ぼんやりとこのあたたかな雰囲気に身を沈め、奥の小さなTV画面眺めたリしてる白鬚おじいさんとかいたりすると、…いやもう、こういうのってたまらねえなあ。彼の人生のその禍福の末のこのひとときの味わいのことを考える。

隣の若い恋人同士、アベック(死語か…)の驚くべき善良ないちゃいちゃぶりも非常に興味深かった。カレシに甘ったれた声の可愛い女の子、カノジョがいることでしやわせいっぱいの、一般的にはあんまりイケメンとはいえないおこちゃまな男の子、二人で手を重ねて自撮り写メやるわひと目はばからずチュッチュってやってはとろけそうな笑顔で。…この先この二人が末永くって可能性の薄さを考えたりしちゃったけどね、それでも、それだからこそ、こういう人生の一コマのリアリティを感じるのってのは…楽しいものなんである。すべてを肯定できるような気持ちになってしまったりするんである。

それは、いろんな人生あってヨシ、な気持ち。かなしさもさびしさもやすらぎもよろこびも、日々さまざまに何があっても、土曜の夜のひととき、人々がこんな風に居酒屋で過ごすことのできる平和な国でさえあればいいんだ、っていうような。

 

…創業以来40年以上、親父さんが変わらず一人で切り盛り、カレ、すごい貫禄である。ここでは店主が客に愛想よく如才なくとかそういうのは気持ちがいいほど皆無であって、客が皆店主の顔色を伺ってしまうんである。イヤイヤなんというか、笑ってしまう。貫禄の力かねえ。

 

…トイレの壁に川上弘美の写真と記事が貼ってあったよ。(トイレで写真撮るヤツ。)

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あの物語の時空を一生懸命思い出しながら脳みそを居酒屋モードに合わせ、ほろほろと酔っぱらった立春の宵でありやした。

気安い友人とたくさん話して笑って、楽しかったがくたくたのふらふら。帰り道はまっすぐ歩けないレヴェルであった。記憶はすべて断片的な夢のよう、よく無事ベッドにたどり着いたもんだ。(翌日曜は声も出ずぐったり、一日じゅう宿酔いの雲の中。居酒屋行って疲労してちゃ世話ねえな。)