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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

ドライ・マティーニ

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土曜日撮った写真である。
地上43階のバーで夜景とジャズとドライ・マティーニ
 
こんなとこに連れてきてもらってアラびっくりでなんだかびっくりで。
 
楽しかった。(そうなのです。不思議に楽しかったのです。夜のキラキラ。ほんにありがとございます。<私信)気分はなんとなく春樹の小説であった。
 
なんだかそのときは言えなかったけど、普段メニューの選択にはすごく迷う自分が即断したこのカクテルのチョイスには実は理由がある。(「これにします。これをワシが選んだのはですね、云々…」などとこんなとこではじめたらなんだかヒジョーにこうるさい人間なような気がしたのだ。)(そういう人間だけど。)
 
森雅之の「リリックス」という漫画にでてきて、ずっと憧れだったのだ。こういうバーでマティーニ頼むのって。
 
「エスキモーズ・キッス」っていうお話。(今探し出して読み返した。)マティーニ飲みながら、その味のイメージの物語を考える作者。
 
北極の寂しい人魚がある月夜に寂しさに耐え切れず浮き上がり、水面に映った月影にキスしたら月影が砕ける。その光のカケラが流れ流れて、釣りをしていたひとりのエスキモーがそれをすくい飲んだ、その味がマティーニっていう、そういう話な。
 
最後のオリーブの話までちゃんとあるんだよ。(だからちゃんと最後まで食べた。)(しょっぱかった。)
 
この最後までが素敵なお話である。
この風景を飲み干すのに、この酒がグラスに映し出した光の色にふさわしい。
 
おやつとか嗜好品っていうのは、日々の身体の糧ではなく心が夢を食み育むための糧なのだ。どんなにあじきない時代や奇妙な時代や残虐な場所の世の中でどんなかたちであらわれても、物語は、人がひとときしがみつく安らぎの夢は、うつくしい世界への意味あれよかしの祈りの凝りであって、それは誰にも非難されなくていい。
 
五感第六感総動員で精一杯光の酔いを味わうことは、さまざまな物語で味付けすることは、そのまんまオリジナルな創造行為だと自分は思っている。その時間は自分の中でかけがえのないものだし、そのことをきちんと感じることが宗教で言えば神を賛美することであるということであってだな、…大げさだな、でも大げさだろうと小げさだろうとそれはそういうものなんだ。
 
ねむいねむい。
森雅之読み返したら懐かしくなった。この漫画をプレゼントしてくれた人のこととそのころの時間を思いだした。大昔だ。当時好きな話があったけど、やっぱり今でも好きだった。オレ成長ないな。
 
さて今夜もおやすみなさい世界。