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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

雑記
足先がとんがった細い形の靴がとても嫌いである。
 
先のとんがった、なんだ、ポインテッドトゥっていうのか、あと足先がとんがっているうえにかかとまで高くてとんがったピンヒールとか、あんなんで人間一人分の体重をささえようなんざ頭がどうかしている。非効率的に過ぎる。そして極めて不健康だ。あんなみょうちくりんな形の靴が何故存在しているのか、しかも一般大衆に支持されているのか私には到底理解できない。中国の纏足とともに奇形の伝統である。あんなの履いて身体のバランス崩しながら膝曲げてお尻突き出してヨタヨタ歩いて何が美しく楽しいものか。よしんばホッテントット族にはアピールしたとしてもそのスタイルは現代日本の一般美意識からはかけはなれたものであると私は思う。しかも混んだ駅のホームとか満員電車内では細いヒールは完全なる凶器である。骨折ものだ。
 
とりあえず自分は絶対履かない。
 
と、これはまあ女性用のパンプス的なるもののことを言ったのだが、まあなんというか似合う人が上手にエレガントに履きこなしている分にはまあなんというか風景として宮廷靴としてのエレガンスの歴史を感じなくもないというか、まあそれはそれで。女の子ならそういうヒトともお友達になれることもあると思う。
 
問題は男性用である。
 
男性用のでも結構先のとんがった靴ってある。
パンクのひととかヘビメタのひととかライダーの人とかまあその辺の人たちのは、アレだよ、自覚して徹底してるからコスプレだからまあ異星人として異次元の生物として考えてもいい存在なのではないかと思ってるから構わない。風景として楽しい。どくろとかビョウのついた凶器ブレスレットとか首輪とかそういうのはめてる感覚である。いやだから要するにとんがっているというのは凶器なんである。気合と攻撃的意志の表出。
 
非常に嫌悪を覚えるのがビジネスシューズなのにぐいーんと先が妙に細長くのびてる気取った感じのやつ。オオアリクイの鼻スタイルである。なんたるみっともない。(関係ないけど数年前、風俗スパムメールがやたらと工夫凝らしてて面白かった時期があったんだけど、一番秀逸だと思ったメールタイトルが 「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」。あれは感動的だった。やっぱ中身開いて読んじゃうよね、ううむ卓越したおセンス。中身は全然たいしたことなかったけど。)
 
あれを履いて喜んでる人間とは絶対に感覚が合わない。理解の外。絶対お友達になれない人種だと思う。反射的に直感的にそう感じる。ビジネス畑でナントカ戦略とか戦国時代武将のたとえとかで訓戒垂れたりして悦に入ってるひとたちとか、そういう戦争楽しむ男性社会ゲームのイメージどか、自己啓発セミナーだの最先端とかビジネスモデルとかカタカナビジネス用語わけわかんないのゴリゴリ使ってうっとりしてて攻撃性とか気取っててものすごくキモチワルイ。…あれはそういう世界を誇張してパロってる道化の靴だ。内実もセンスのかけらもないとこをとんがってる攻撃性で隠そうとする。ホスト的な不気味なナルシシズムとのブレンド。
 
…と常々思ってたら、やっぱりあれ女性陣には押しなべて不評だったんだってね。さもありなん。我が意を得たり。ねー、ほーんとダサダサだよねー。
 
…ああスッキリ。
 
あれが一般にかっこいいとかされてたらもう世をはかなんで今宵露と消えねばならぬかと思った。
 
で、なら何がいいかっていうとごく普通のなんてことない形のがいいんだけど、やっぱり好きな形のってあるもんで、うーん、自分用で考えると、三角は嫌いだけどまるいのや四角いのは好きだな。昔気に入って履きつぶしちゃったんだけど忘れられないのがロンドンの靴屋で衝動買いした茶色いスウェードのスリッポン。足先が微妙に四角いかたちだった。履き心地のいい非常にかわいいやつであった。(気に入るとオレとことん履きつぶしちゃうんである。穴があくまでせっせと履き続ける。)
 
で、男性用でも四角いのが好きっていう傾向があるらしい。
 
一時期、神田で一日数時間のアルバイトをしていたことがある。通勤時間帯からはずれていたので中央線は空いていて、いつも同じ時間に同じ位置、同じくらいの座席に座ることができた。その時間は本を読むかうつむいてぼんやり足元を眺めてるか、って感じだったんだけど、あるときからいつも同じ靴が目に入るようになってきた。同じ時間、同じ車両、同じ位置。乗客メンツもだいぶん決まってたりするわけで。その靴は大抵指定席(勝手に決めた)に座っている私の目の前かその近辺にあった。
 
四角かったんである。足先が。そしてその四角具合が絶妙にかっこいい靴であった。おお、これはかっこいい。
ということでその主がどんな人なのか見たいのが人情。私はこっそり顔をあげた。
 
趣味が合うひとというのは匂いでわかる。(嘘である。)
ひとめ見て納得した。服装も靴も表情も我が瞳に快くなじむ観賞に適した青年であった。(いわゆるイケメン、二枚目、ハンサム、美男の類ということではない。好みの問題である。私の好みは一般的な基準からは少しズレていると指摘されるんだが、いわゆるイケメンは大抵ダメである。軽佻浮薄アイドルグループなんか見たら視力の浪費であると思っている。…いろいろ私の歴史を知っているM子によるとこの好みというのには共通点があるらしい。「momongaのツボ」としか表現できないが私の心のツボにはまる顔というのは大体わかるという。)
 
とにかくそれから毎朝の楽しみが増えた。
密やかにまず靴を、そして彼を確認するだけでなんだかほのかに嬉しいのだ。まるで通学電車で出会う男子校の憧れの君にひっそりと胸焦がす女子高生である。
 
やっぱり靴は四角だよなあ。
 
というなんてことない日々がずうっと続くかと思ってたんだけど。
実は信じられないような話なんだけど、ある朝彼に声をかけられたんである。降りる駅近くで。
 
ものすごくびっくりした。
いつも近くにいたのは、意図的なものであったらしい。
 
「あ、あの、いつもこのあたりに座ってらっしゃいますね。」
 
とかなんとか。
 
断わっておくがmomonga、決して褒められた容姿の持ち主ではない。街で男性に声をかけられるような華やかなかわいい女の子たちとは別種の人間である。非常に残念ではあるが厳粛にこの事実を受け止めてはいる。テレビできれいな女優さんなんか見るとあんな愛らしい美しいお姿に生まれてたらどんなにか人生違ってたことだろうと寂しいタメイキをつくばかりである。試しにいろいろ塗ってみてもたいしてかわりばえしない。存在自体くすんでいるからどうしようもないのだ。まあ授かった顔に文句たれても親不孝なので黙って一生このツラさげて生きていきますです、ハイ。
 
要するに、靴が呼び合ったに違いない、このご縁。
何回かデートらしきものをしたりした。顛末は記憶に残ってないくらい淡いもので、名まえも聞いたような気もするがおぼえていない。実りはしなかったけどほのかに楽しい記憶である。おぼえているのは靴ばかり。
 
思うに、大切なのは靴である。
 
 
そして今日、家に帰ると、玄関の靴箱には靴先がオオアリクイなビジネスシューズが鎮座している。
 
この現実を見るごとに己の人生に絶望する事実に関しては言うまでもない。