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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

図書館の白鳥さん

図書館に寄って本棚を眺めていたら、突然思い出した。

大学時代、大学構内に生息しておられた方々の記憶である。

普段あまり学生の行き来しないスポット、迷宮のような古い校舎の一角には、素敵な謎にみちた空間が迷路のように隠れていた。決して混まないトイレや、用途不明の怪し げな地下の幽霊部屋。ひっそりといこごちよく整えられた用務員室の、秘密の歴史とプライヴェートの匂い。暖かな古い石油ストーヴ。

私の出身大学の生協には、ものすごく残念なことに白石さんはおられなかった。

が、代わりに、図書館に白鳥さんがおられた。

大学図書館といっても、一般学生が利用するスペースとは違うフロアーに生息する人々が存在するということを知ったのは、大学を卒業し、院での授業の必要に迫られてからである。同じ大学中に存りながら、学部学生とは違った時空間が存在し、また、そこを生きるステージとしている人々の世界があることを知って、大変不思議な思いがした記憶がある。

白鳥さんのテリトリイは、特別資料室だか、貴重図書保管室だか、そういう札のかかった扉の向こう、秘密めいた一室であった。

 

そこには貴重な泉鏡花の古い直筆原稿が保管されていたりするのだが、当然持ち出し不可の宝物であるために、調べる必要がある際には、そこで数時間を過ごさねばならないことになる。

文学研究科の基本とはいえ、ものすごく判読の困難な手書き(筆書き)直筆原稿を、一文字一文字つぶさに調べて解読し、活字になった書物と照らし合わせる作業は、気が遠くなるほど、嫌いであった。(泉鏡花宮澤賢治もはっきり言ってすんごい悪筆である。人のこと言えないけど。)

…が、白鳥さんは楽しかったんである。

閲覧用の机で泣き泣き地道な作業をしている傍らで、大きな声で電話をし、商談や世間話、あるいは、ぶつぶつと独り言をつぶやきながらの事務作業、 ひたすらお一人で密室お仕事をされていおられるのに、たったお一人で、ひっきりなしにおしゃべりをしておられる。まるで黒柳徹子さんのように、ひとりいるだけで非常ににぎやかなその存在感。

我々の作業が、午後3時にかかるときにはラッキーである。
白鳥さんの「お茶の時間」にぶつかるからである。

さりげなくお茶をご馳走していただける、という「お三時特典」のひとときの喜び。
しかもお茶うけは、必ず間違いなく、「鳩サブレー」が一枚。

ぶつぶつと独り言をいいながら、何やかや仕事をしながら、お茶をすすり、鳩サブレーをかじるメガネおじさん風の白鳥さんと、別段おしゃべりをするでもなく、同じ小さな部屋で、同じく一人でお茶をすすり、鳩サブレーをかじる自分。窓の外は、午後の光、さまざまの日々を抱えた、学生たちのさんざめき。

いつもは、あの、学生たちの現実と同じ時空を生きているのに、その現実を外からながめているような気がして、どうしてか、いつも何かが少しずれた不思議な時空のポケットにはまっている気持ちであった。

(なぜいつもあの部屋には、欠かさず「鳩サブレー」が常備してあるのか、我々院生の間では、大学七不思議のひとつとして、議論の的ではあったのだが。)

その日の作業を負え、白鳥さんの部屋を出て一般学生のテリトリイに戻ったときには、いつも夢から覚めて日常現実世界にくだってきた、という気分になったものだ。

よくわからないけど偉大なり、白鳥ワールド。
(どうしても、村上春樹の図書館ファンタジーを連想してしまうんだな、この記憶。)