読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

キリン

最近、若者の間で、キリンを飼うのが流行っているそうだ。

 
携帯電話のストラップに、耐震装置つきキリン用コクーンをつけて、肌身離さず持っておくんである。若者も娘らも皆、ポケットからその耐震装置特有のほのかな光をのぞかせている。
 
何故キリンかって? 
 
キリンのひとみをご覧よ。長いまつげにふちどられた、美しいつぶらな瞳。あの憂いに満ちた深い瞳の色に誰がひきつけられずにおられよう。流行も可なり、である。
 
 
 
友人に勧められて自分が飼いはじめてから気がついた。三か月ほど前だ。それまであれが何の光なのかさっぱりわからず不思議に思っていたのだ。
 
 
********
 
 
今日も一日がたそがれてゆく時刻。
僕は、携帯電話のストラップから、そっと僕のキリンを取り出した。
 
言うまでもないことだが、キリンは小さい。ピンポン玉程度の専用コクーンにすっぽりが成獣サイズだ。
 

彼女は眠っていた。(昼間は大体まどろんでいるのだ。)やさしくまるめられた、その長い首。てのひらにのせ、ちょんとつつく。「おい、そろそろ起きろよ。」
 

ももいろのキリンは、ゆっくりと瞳を開く。柔らかなフォルム、つぶらな瞳、濃い青の色。
 
自在に体色を変えるこの生物が、唯一いつでも同じ色を保つこの瞳の色。これはその個体としてのアイデンティティを示し、基本的に生まれた時から生涯を通じてずっと変わらないと言われている。
 
けど、実は日によって微妙に変わるのを僕は知っている。飼い主だけにわかるくらいね。
だけどそんなの、キリン持ちなら実はみんな知ってることだ。
 
…今日の瞳色は、格別に素敵だ、ボクのキリン。深い深い、吸い込まれそうな青、けれど紺にまではいかない、ただひたすら、ふかぶかと、青。夕暮れの後、夜の闇に沈む一瞬前の真っ青な空。家々に灯りが灯りはじめるときのあの空の色だ。
 

身体色はといえば、今日は淡い桃色水晶だった。
 
キリンの身体色は、持ち主の性質、感情、その日のオーラを敏感に感じ取り映しだすシグナルだ。僕のキリンはまだ子供と言っていいほど若いキリンなので、それほどくるくると鮮やかに色を変えることはしない。老練なキリンだと、飼い主とほとんど一体化したようなピュアな変化を示したり、心の深奥に秘められたものまで、グラフィックとして鮮やかに映し出してしまうこともあるという。(しかも時には意図的に、飼い主治癒目的のために。)
 
彼女は己の基本色として決めているらしいももいろを基調として、日々微妙な変化でももいろグラデーション世界を広げている。(あくまでもももいろののベースをまもりながらも、たまに深いサファイヤやエメラルド、静かな海の底のような藍のグラデーションに揺らめいてている日もあるし、優しい日溜まりの金色や闇のようなブラック、ときには、燃え上がるルビーの輝きを深奥から放っていることもある。それはもちろん僕の感情にひどい波立ちがあった日だ。)
 

キリンは僕がキリンに見とれたのに気付いてにっこり、とでも形容したいような満足気な表情を浮かべる。キリンに笑顔なんてありゃしないんだけど、だけどそれはなんだか「にっこり」なんだ。
 
 
僕は、今日あったことをそのあおい瞳に向かって話しはじめた。ずっと一緒にいたからね、キリンはもうすべて知ってるんだけど、念波を通して。
 
そう、キリンの流行には、理由がある。
この携帯用愛玩生物体は、昼間まどろみながら飼い主の生活の軌跡をゆるやかに感受する。心の動き、外部の状況、内ー外の区別を溶かし込みながら体内にひとつのデータベースを形成する機能をもっている。
 

そう、そしてそれが、キリンの命の糧ともなっているんだ。夢を食べる獏さながらに、このキリンは飼い主の感情の動きから外界情報を摂取し、交感し、自らの存在のためのエネルギーを発生させる。飼い主の感情のフィルタを通さなければ生体エネルギーを摂取することができない生態システムを持った一種の寄生生物だ。
 
だが、寄生されたはずの飼い主は99.3%の確率でキリンを手放せなくなると言われている。キリンがくれるのは、生成されたデータベース。そして、幸福。
 
共生。或いはもたれ合い、共依存
一旦ペアリングされてしまうとお互いなしでは生きられなくなる。
 
 
********
 
「そうね、あなたは間違ってたのね。」
 
キリンはボクが頭を整理しながら自分の一日について語り終えるまで生真面目な瞳のままじいっと聞き入っていた。
 
話さなくたって知っているはずなんだけど、僕は基本的に言葉を選び、整理しながら話したいと思うタイプだ。そして彼女はいつでも必ずじいっと聞いていてくれる。とても注意深い表情で。わざわざ言葉にして話さなくたってもう知っているのに。
 
(これは一度摂取した情報を、僕の発する言葉からはずれてゆくその真実を、いくつもの胃袋で反芻している状況からくる表情の深みなのではないかとボクは解釈している。)(キリン情報コミュニティサイトでは、ある種のキリンは、反芻しているときの、その情報処理消化作用の状況変化が瞳や体毛の光や色の変化で目に見えるかたちに表現されるという。そういわれてみるとボクのキリンも話を聞いている間、身体の奥底で桃色の光が微妙に色調を変えているような気がする。)
 
そして聞き終わると、いつものようにキリンの言葉でこんな風に語りだすのだ。とてもゆっくりと。
 
「そうね、あなたは間違っていたのね。」
「そうだね。」
 
ボクは受け止める。そうか、やっぱり間違っていたんだ。
 
そして、ただそれだけのことだ。よくわからなかったものが、痛みが痛みとしてきちんと受け止められる形になる。キリンがそうしてくれる。
そして正解であろうと間違いであろうと、それがボクの一日、そしてキリンはそれなりに満足したような顔をしている。
 
ま、いっか。
 
間違いは取り返せない、その集積をいつか僕は返済しなくちゃいけない。でも、キリンがいる限りは大丈夫、そんな風な気持ちにさせてくれるんだよ。
 
********
 
 
キリン飼いの部屋のベランダには、大抵小ぶりの洗面器か小さなバケツが置いてある。ベランダのない部屋だったら、窓辺に小さなコップでもまあなんとかなる。
 
これは、キリンが求めるものだ。
 
ぼくの小さなベランダにももちろんある。小さな銀色のバケツだ。
晴れた夜にきれいな水を汲み、彼女の指示に従ってなるべく月光を映すように場所を工夫して置く。
 
それは遠くの風景を見せてくれる鏡だ。未来の夢であったり過去の思い出であったりもする。
 
ぼくはキリンに頼む。
キリンはキリン・ロゴスに則った正式な手続きを踏み、何かぼくにはわからない不思議なうつくしい方法で水面に世界の像を映し出す。呪文を呟いたのか印を結んだのか(キリンのひづめがどうやって印を結ぶんだ?)念をおくったのか、定かではない。
 
おそらくキリンだけが感じ取る特別の周波数の電波のようなが世界には満ちていて、キリンたちはそれをキャッチするラジオ受信機みたいなアンテナと信号解析能力をもっているんだろう。
 
ぼくは自分には見えないこのロゴスに満ちた不可思議な世界の事を考えると、なにかふわりうっとりとしたうつくしい心持ちになる。キリンが感受している世界。そのうつくしい星座の世界のようなロゴスが、優しい光のしずくのかたちになって少しくたびれて固くなったこの世界に入り込んでくる。そして静かな安らぎに浸してくれる、そんなほのかな心持ち。星灯りがほんのりとしみこむくらいの微細な、けれど根本的な構造から組み替えてくれる、小さな声。小さな音楽、小さな灯り。
 
…バケツに満たされた水は銀の月の光を映し、その光の輪郭は次第にゆらゆらと揺らぎ崩れ始め…
映像が現れる。
 
僕が頼んだ。見たかった場所の姿。過去に似た方向にある、どこかの風景。
 
********
 
けれどそれは何か異なる論理と倫理の光に照らされて水面に映し出される。
 
そこでは今日の分の間違いが反芻される。
だがそこには既に現在と未来と区別はない。ただ、あるのは僕の間違い。
 
ぼくの胸の痛みは一瞬剣で刺されたように鮮烈なものとなってよみがえる。
僕はやり直す。それは解釈しなおされてゆく。
 
因果応報とも違うのだ。表面を流れた現象とぼくの内面を彩った感情やその色合い、不幸な気持ちも沈んだ気持ちもひどく幸福な気持ちも全てを終えてキリンに反芻されてしまうと何か別のものに統合されてゆく。異なる光、キリン論理の光に照らされる。
 
キリン・リンリ。
 
許されることもあるし許されないこともある。痛みがなくなるわけではない。
けれどその現象のもたらす罪業の澱みは、既に決済されたものとして平らかな海の彼方のキリン・リンリの輝きのなかに消えている。
 
********
 
 
いつごろからキリンがいて、いつごろから流行りだしたのか、不思議なことに何もはっきりした情報はない。どこから情報を辿ってもネット上の迷路の中のどこかでぐるぐるとめぐり、その尾っぽは立ち消えてしまう。都市伝説のように、いつのまにかそれは出回り、どこか次元の違う世界からの販売ルートを通して流通しだした。
 
政府の指示にによって厚生省の開発した、市民の精神生活をコントロールする、安定させるバイオテクノロジーによる合成生物であるとか、どこぞの種族の秘蔵の地方神として古来深山、神山に祭られていた古代生物の生き残りであるとか、もちろん宇宙から飛来したUFOや流星のかけらから繁殖した新生物であるという説ももっともらしく出回っている。「月刊・キリン」では毎月いくつもの新説がセンセーショナルな見出しで紹介されている。これは毎月初めにどこの書店にもキヲスクにも並べられるベストセラー雑誌だ。
 
何だってかまわない。キリンは必要があってここに存在しているただの必然だ。
大切なのは、僕は彼女を必要とし、彼女は僕を必要としているってことだ。
 
********
 
僕は語る。
彼女がいるから、語ることができる。