酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

怪盗クロネコ団とねじまき鳥クロニクル

岡田貴久子さんの童話が好きである。

どれもとてもいいのだが、「怪盗クロネコ団シリーズ」は、日本の近代児童文学史上でも、かなり異彩を放っているものなのではないかと思う。

子供を大人目線からの決め付け子ども扱いでばかにしていないし、教訓や理想を押しつけてみたりもしない。ただ、世界の不思議と戯れるニンゲンの文化の原型が浮かび上がるだけである。

ここでの、乾いたナンセンスや論理遊び、不条理には、阿部公房や稲垣足穂の流れを汲むような、どこか日本人離れしたダイナミックなイメージがある。少しぞくっとするような怖さとすっとぼけた可笑しさのアマルガムだ。

つまり、ステレオタイプな童話、社会的集合心理としての民話のカテゴリや勧善懲悪や道徳倫理を超えたところに、物語の動力が存在している。怖さのレヴェルは全く違うが、大海赫の描くホラー、あの恐ろしい不条理世界を彷彿とさせる異界イメージがあるようにも思う。

私は、文学とは、どれだけ「わからなさ」をテクストに盛り込み、読者にオリジナルに「考えさせる」ことができるかの度合いでその意義を定義されると思っている。物語を語りつつ物語を客観視する外部の眼を如何にして盛り込めるか。知によって不可知を求めようとする論理構造だ。(物語をなぞることによってそれを超えようとする戦略を語ったのは誰だったか思い出せない。)(ロラン・バルトではなかったか。)

そして、その観点から言って、クロネコシリーズは、きわめて文学性が高いと思うのだ。

物語の中にプレテクストとしての民話や神話のモチーフを入れ込んだつくり。クロネコに、民話や神話のウラオモテ、時代の権力や道徳や規範でゆがめられたそれらを、多義と理屈によってひっくりかえしてみせる推理小説的なロジック遊びをさせ、結果的には価値観の多義性を開陳せしめる。

ナンセンスとカオスの荒々しいエネルギーの中から己の価値観の選び取るものとしての冒険と美学、怖さと優しさと楽しさと。…心憎いばかりである。

それにしても、この優しさとハードボイルドぶりとまっつぐでブラックで誠実なシニカルさ。日本人離れではあるのだが、やはりまた、どこかに優れて日本人ならではの暖かな郷土性を秘めている、とも思う。

そして、この物語、主人公のオサムさん、どうも村上春樹を思い出すんである。特に、ねじまき鳥クロニクルの冒頭。

クロネコの方。23歳のオサムさんは、いきなり失業してしまい、おくさんが働いているので、主夫の生活スタイル始めてから二週間。新聞の求人欄なんかみて、仕事を探している。この日常生活の中の、ある夏の朝、ぼんやりと新聞を眺めていると、突然、書類かばんを抱えた怪しいクロネコが訪ねてきて、平和で常識的な日常生活の世界を破ってしまう。

ねじまき鳥の方の冒頭は、やはり、失業中(自分で辞めたのだが)主夫生活の30歳オカダトオルが、朝の10時半に台所でスパゲッティを茹でているところに、突然,、今までの世界が裏返って変容していくきっかけとなる電話が鳴る。

どちらも、今までの社会システムの敷いてきたレールからドロップアウトしたときに顕れる世界の変容について物語る。日常に亀裂が入り、そこから吹き上がる、無限の深淵の闇を描き出す。それは、社会システムが排除してきた、目隠しされていた、自分の中の深奥の、社会の外側の、その巨大なカオスの存在への知覚。

目をそらすことのできないこと。さまざまの社会的な肩書や立場をはぎ取られ、ただの人間として裸になった時の、世界と自分の関係、アイデンティティの存在、その定義についての再考。(それらは、いったん崩壊されねば再編されない。)最初は、ただひたすら翻弄されるが、徐々に、己の主体性に目覚めてゆく主人公。

なんでもアリ、のカオスの中でさまよう冒険、そこでは、既存の価値観、常識、今までの社会システムの内部では抑圧されゆがめられ隠蔽されてきたあらゆる歪みが闇の要素として噴出し、同時に巨大に明るい無垢なエネルギーの可能性という両面性をもって具現する。

冒険、発見、再編。

クロネコ団の場合は、それはとってもシンプルなオサムさんと世界や神話や物語との対話、冒険と日常の楽しさや可笑しみ、ユーモアに、どこか優しくくるまれてはいるけれど。(ねじまき鳥は、さすがに、ラディカルに世界と自己と他者と、あらゆる未知が、物語を突き動かし、ものすごい複雑に構築されている。)

…それにしても、何故怪盗クロネコ団は続編が出ないのだ。
もちろん宇宙スパイウサギシリーズだって素晴らしく大好きなんだが、可愛い絵も大好きなんだが、クロネコ団のあの凄烈に大人びた知性による諧謔は絶対に類がない。願わくは、大人向けにアレを書いて欲しいなあ。

クロネコ団シリーズはふたつしかないけど、断然二作目の「怪盗クロネコ団のあまい罠」が面白いです。コンビニエンスストアのアップルパイが、ギリシャ神話に繋がってゆく。)