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酔生夢死DAYS

本読んだらおもしろかったとかいろいろ思ったとかそういうの。ウソ話とか。

「対決!なぞのカーディガン島」岡田貴久子

対決!なぞのカーディガン島 (宇宙スパイウサギ大作戦 パート 2-1)

対決!なぞのカーディガン島 (宇宙スパイウサギ大作戦 パート 2-1)

大好き岡田貴久子さんの新刊。
地元図書館にリクエストを入れるも、何週間たっても埒が明かない。


業を煮やして、スクーターでぶうんと隣町の図書館まで遠征、やっと入手。

手にしたときは、ホクホク嬉しくて、机に積んで、ベッドに運んで、と、あちこち携帯電話のように持ち歩くも、読み終えてしまうのが、あんまりもったいなくて、ずうっと開けなかった。
(ミヤハラヨウコさんのイラストも、とっても可愛いのだ。)

貸し出し期限ぎりぎりになってしまったので、しかたなく、読む。
(次の人のリクエストがかかっちゃってるので、延長できないのだ。)


…むむむ。期待を裏切らない、このおセンス。
「たまご色にこげめのついたおまんじゅう」の夢をみているウサギが地球外知的生命体探査システムアラームで目を覚ますシーンから、コーンとその諧謔にみちた世界にひきこまれる。(あったかいミルクに焼きたてパンケーキ、いぶしたサーモンとおばあちゃんてづくりりんごジャム朝ごはんとか、毎回、食べ物の描写もなかなか魅力的なのだ。)


(岡田貴久子さんは、「怪盗クロネコ団シリーズ」で入門。あのシリーズが一番好き。(シリーズっても二冊しかないけど。)
あまりの卓越したオリジナリティ、その知性とセンス、エスプリに衝撃を受けちゃったのだ。もう、大好き。

このブログでもレビュ書いてます。ここ。村上春樹のねじまき鳥と重ねてみたりして。

オトナの哀しさ、現実社会への理不尽さへの問題意識、怒りを、たっぷりとその底に敷きながら、すべてをヒューモアへと転化してみせる。一見無害に可愛らしく、くるくると楽しく目くるめく展開する独自のファンタジーワールド。ほのかなブラック、苦さを正しく映しながら、それを超える正しさ、うつくしさへの模索と祈り、世界を、己を、すべて異化して笑いのめすヒューモア、発想のファンタジックな豊かさ、読後感の快いあたたかさ。

…でも、あんまり作品が多くなくって、どちらかというと、寡作な人だと思う。
特に、日本人離れした、あの素晴らしい舞台設定、プロット展開、「怪盗クロネコ団」シリーズ、ぜひぜひ続きを出して欲しいものだ。)


…さて、このウサギシリーズは、地球侵略のための調査でやってきた宇宙スパイが、地球人に怪しまれないように「ピンクのぬいぐるみのウサギ」スーツに身を固め、アジト(幽霊屋敷)の隣の家の古本屋の娘、ハルを手下にして(ハルの方は、ウサギを可愛い友達だと思っている。)何だかんだ、結局、毎回、地球の危機をすくっちゃうストーリーなのだ。

今回、「カーディガン島」のお話は、もともと「チーズケーキ島」だったのが、宇宙からの「カーディガン型寄生生物」によって、カーディガンに侵略されちゃった島である。島民がみなカーディガン型生物を身につけて支配され、「すべてはカーディガンのために!」と、毎朝島民が「正しいごはんは、正しいナベから!」とこぶしをつきあげ、揃ってナベを磨いたりする画一的な「健康ときれいずき」に「汚染」されてしまう。

地球侵略をするのはウチだ、と、怒ったウサギが、ミラクルな最新科学宇宙的アイテムを駆使して、これを撃退して島を救うんである。

必要以上に働き過ぎないように気をつけて、きちんとだらしなく孫と遊ぶ(?)ことを一番大切にする、たくましい漁師のおばあちゃんも、もともと小鳥のように早起きしてきれい好きな、その隣の口うるさいおばさんも、みんなみんな、そのアイデンティティのままに。

 *** *** ***

「ーぼくは、悪いエネルギーを吸いとられて、よいウサギになるのか?
わからない。
(中略)そもそも、よいウサギは、よいスパイか?
って話になると、もっとよくわからない。」

 *** *** ***

正しいとは何か、よいとは何か、悪いとは何か。

「正しい生活はけっこうなことかもしれないけど、ヒトがあやつられて、じぶんの頭で考えないのは、いかがなものか?(中略)ハルのお父さんがいってた。『ヒトのあたまはつかわないと、さびついてしまうんだよ。』って。『「まず、のうみそからやられる。ヒトはむかしサカナだったから、頭からくさるのさ。』(中略)ーこの星のヒトたちときたら、おきらくなんだから。死んだサカナみたいにされそうだってのに、ちっとも気がつかないんだ。」

自分の考えを放棄し、なんらかのイデオロギーにまるごと画一的に洗脳されること、他者をもその価値観に組み込み異物を排除する「おきらく」さに対しての、先鋭な危機感が、ここにはある。


そして、その危機感に通じてくる、宮沢賢治が悩み苦しみ考え続けた、その「倫理の相対性」のことを。
「人はほんたうのいゝことが何だかを考へないでゐられないと思ひます。」(学者アラムハラドの見た着物)

その「わからなさ」へのこだわりを、かなしく愛しく切なく、激しく大切なものに、思う。


…そうして、ラストは、いろいろ考えながら、結局ハルと一緒に人参茶なんかいれての、おやつタイム。

この人の作品の、こういうとこが好きだ。すべてを包み込む確かで平和な日常という安らぎの幸福の、そのかけがえのない価値の感覚が、読後感を包み込む。